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またまた、随分ご無沙汰してしまいました。

日本の皆さんは梅雨、梅雨明けに続いて夏を謳歌されているでしょうが、オーストラリアは当然ながら真冬です。その当然がどうもピンと来ません。夜空に月を見上げるとすると、日本もオーストラリアも同じ月を同時に見ることができるのに、季節だけがなぜ反対になるのか。もちろん、理屈では疑うべくもないことですが、私の中の非科学的な感性が首をひねって納得しないのです。それには多分に日本が大好きな夏で、ここが嫌いな冬という不平が含まれているらしく、理論がすんなりと感情を納得させられないという側面もあるようです。

というのも、乾季であるはずのオーストラリア東岸が異常気象で悪天候のロングランという事情もあります。

土地の人がいうには、この辺りは今頃水不足を心配する程に連日澄みきった青空が広がり、強い陽光の下、ひんやりとした南風が吹くのだそうです。連中は、それを懐かしむかのように目を細め、Lovely Weatherといいます。

ところが、今年の天気ときたら!!8.5対1.5の比率で悪天候(ヘビーな曇り、強風または嵐)が圧倒的です。カレンダーにつけたマークによると、文句なしの晴天は10日に1日でした。

古い日本語に「五風十雨」という言葉があります。5日に1日風が吹き、10日に1日雨が降るという意味は、ご存じの通り。この自然の運行に沿って農耕が営まれ、万事事もなしといわれ、天下が太平なことに転じます。

ところが、今年のオーストラリアの五風十雨は5日間風が吹き十日間雨が降るという具合…正に異常気象ということです。テレビでも、異常気象をテーマにしたものが最近多数見られます。前の火曜日に、"Storm Warning"という番組を、そして土曜日には"Killer Weather"というのを放映していました。ストームワーニングの方は今週に続編があり、世界中の異常気象がもたらしたバイオレンスとそのメカニズムを特集し、キラーウェザーはアメリカのハリケーンとトルネード(竜巻)を中心に自然現象の底知れぬ脅威を報じています。

例年ならアボリジニ(オーストラリア原住民)が雨乞いをする季節に洪水注意報が出たり、海ではヨットや漁船が遭難したり……オーストラリアの友人達は、「禅、お前が来てから天気がおかしくなった」と私を冷やかします。「こんなに異常を呈する程には、私は悪い事はしていないよ」と答えていますが、どうも自信のない口調だそうです。

艇の補修作業は着々と(あるいは遅々と)進行中です。メインセール(主帆)をホイスト(揚げる)するシステムの変更は辛く長時間を要する作業でした。マストに沿ってセールをリードするボルトロープをプラスチックのスライダーに換え、ハリヤードを新しくし、リーフ(縮帆)ロープも新しくしました。結果は苦労の甲斐あって、今までなら途中で一休みしたセールホイストが片手でウィンチを廻して揚げられるようになりました。

自分だけでする作業は予定通りに進展しますが、ものによってはある部分を専門家に頼まなければなりません。オージーが絡むと、その作業はいつ終わるか、私自身にはもう見当もつきません。

今、スターン(船尾)にソーラーパネルを取り付けるラック(櫓)を製作してもらうべくステンレスの加工業者に発注しています。私は自分で図面を描き、3ヵ所に見積りを依頼しました。これらが出揃うのに約1ヵ月を要します。さて、1社に絞り込み、

「私の図面は実際に製作する上で不完全かもしれない。一度、自分で艇へ来て寸法等確認してくれ」

というと、軽やかに

「OK、月曜日に行くよ」

という返答でした。ところが、月曜も火曜も来ません。水曜日にこちらから出かけて行き、

「丸々2日も外出せずに待ったのに」

というと、

「天気が悪かったからね。明日行くよ。」

もちろん、その明日も空振り。翌週月曜日、彼らが突然やってきました。メジャーはなく、大きな段ボールと鋏を持って。段ボールを、溶接先のスタンションに置き、そのカーブに合わせて鋏で切り、これで寸法取りは完了です。

「今日明日にも材料を持ってきてここで組み立てる。」

と言って帰ってから既に3日経っています。オージーに対しては、約束不履行を憤って見てもどうにかなるというものではありません。逆にこれに慣れ、このルーズさを予定に含めて仕事をするということを学んでいます。

他にはウィンドラス(揚錨機)のパーツを英国にオーダーして、1ヵ月後やっと受注確認が届きました。おそらくパーツは更に2ヵ月を要するでしょう。

さらにジブハリヤード2本の発注したロープ部分が2週間しても届かないとか、アンカーチェーンの見本と見積りが10日間過ぎて今なお音沙汰なしなど。やれやれ。

一応、来年5月、ムルラバを出てダーウィン(オーストラリア北西端。インド洋への出発点。)へ行き、7月オーストラリアを離れてインド洋を横断、紅海を経てスエズ運河を通って再来年早春に地中海へ入る予定で準備中です。

航海のハードウェアとしての補修作業は前述の通りですが、ソフトの方、つまりナビゲーションの情報は航海誌を読むしかありません。

先日紅海の航海誌を入手しましたが、何と1990年の航海の記録を1992年に刊行したもの。ご存じの通り湾岸戦争直後のものです。翻訳し、本を丸ごと日本語でノートにとる訳ですが、その内容の不穏なこと!

サウジアラビアの港に仮泊できないか様子を見に入って行ったヨットが行方不明になっているとか、スーダンのマルサ(入り江)に入って行ったらいきなり機関銃の威嚇射撃を受けたとか、役人の収賄とか……。これらは戦中戦後の混乱に違いないと考え、既に紅海・地中海をクルーズし、世界一周を果たして目下ボルネオ島辺りをクルーズしているヨット「ホロホロ」の溝田氏にこれを確認すると、何と「その通り」との返答です。更に、今でもいろんな所で内戦やら小競り合いはあること。西洋のヨッティ達は兵役とかボランティアでそういうのに慣れているので特にそれを回避するでもなく、平気で紅海を続けていることなどを教えて頂きました。紅海の航海は何とも気骨の折れることになりそうです。

さて、地中海に入ってからは大方がCyprus(サイプラスまたはキプロス)へ向かうと案内書には書いてあります。キプロスには東地中海一のマリーナもあるそうです。しかし溝田氏によると、最近はイスラエルに寄港するヨットが多いとのことです。私の案内書にはほとんど禁止的な規制が出ていたのに。

イスラエルにはテルアビブ(かつて日本赤軍による悪夢のようなテロがあったところ)にアヤというイスラエル人の友達がいます。彼女とはニュージーランドのマウントクックで一緒にキャンプをし、夜中に猛烈な嵐でアヤのテントが壊れ、私のテントにずぶ濡れになって避難してきたという因縁があります。たった3日間私の車でヒッチハイクをしただけですが、何かとても懐かしい友達の1人。キプロスへ向かう前に、テルアビブに寄って会って行こうかななどと考えています。

紅海・地中海双方の航海誌は合計350ページ程を訳しました。毎日膨大な英語の宿題をやっている感じでした。1日に6時間から8時間。これ位やると確かに英語が上達します。惜しむらくは、これを学生時代になぜやらなかったかということ。後悔先に立たず、まあこれからも頑張ることにします。

地中海には夢を膨らませてくれるところがたくさんあります。しかし、なぜかヨッティには評判がよくありません。

あるイタリアに長く住んでいた友人が言っていましたが、古代西洋史とギリシャ神話をよく理解していないと、ヨーロッパはただお高く止まったところとしか映らないそうです。ですから、これからはナビゲーションのソフトに西洋史とギリシャ神話も加えて学びます。

今日も冷たい雨が降っています。その上、風力5〜6(12m/秒)の強風です。日曜日ということもあり、子供達を含む小型ヨットのレースが行われています。沈し、マストを折る艇も2、3出ているコンディションなのにレースは平気で行われています。親達もビーチに面した屋根付きのバーベキューエリアでBBQを楽しみながらレースを観戦しています。誰も危ないとか事故が起こったら誰の責任か、なんてことはいいません。このタフさは子供達が成長したとき、大きな財産になるでしょう。人間のスケールということも含め、日本の親達はちょっと考えなければならないことだなあ、と思います。

すっかり夜になりました。強風の中で霰(あられ)がデッキをたたいています。またお便りします。お元気で。

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西久保 隆

Zen
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1999年7月11日
オーストラリアにて


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