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ニュージーランド旅行記2

西久保 隆

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12月5日(日)

最高の天気。深い青空をいくつものパラセールが飛び交います。こんな素晴しい日に美しいQueenstownを空から眺めたらどんなだろうと思います。昨日のバスツアーの疲れを休めて、モーテルにくつろいでいるYokoを呼び、パラセールの着陸を見に行こうと誘います。着陸はこのモーテルのすぐ隣の広い芝生です。今や着陸せんと低空に降りてくるパラセールから声がかかります。「飛び心地はどうだい?」というと「エクセレント」とか「ファンタスティック」とか叫んでいます。

着陸した人をつかまえ、「不安はないか」と尋ねると、「全然」といいます。「こんな機会はないから、やってみない?」とYokoに勧めると、「やってみたい」と答えました。

近くにいたパラセーラーがこのやり取りを見ていて、「やりませんか?」と水を向ける。料金も130ドル。早速話はまとまり、YokoはRobertとゴンドラで山頂に向かいます。私はカメラを取りにモーテルへ。そして30分後Robertの白地に紫のラインが入っているパラセールが空に舞います。驚く程高く、遠く、そして時折点のように小さく空に舞います。ああ、今は湖の遥か上空。下界はどんな風に見えるかな。そう考えているうち、何と私自身まだパラセールを経験していないことに気づきました。人に勧めておいて自分がやったこともないとは……。30分近くも滑空し、すっかり興奮したYokoが、「素晴しかったわ」と叫ぶようにいいました。

12月6日(月)

また6時起き。おにぎりを携え、今日はアルプスのHast Passを越え、Fox Glacier(フォックス氷河)までの420kmです。急峻な山岳道、しかも先日の集中豪雨で補修工事中の場所がたくさんある行程です。しかし、変化に富み美しいルートです。

QueenstownからWanakaへ抜け、湖畔のハイウェイを走っていると、フラッシュライトを点滅したトラクターがやって来ます。これは羊の群れが道路を渡る時の合図です。車のスピードを落として行くと、やがて羊の群れと牧羊犬、その先に馬に乗った男、さらに牛の群れが見えてきました。車を停めて暫くすると、車は羊に完全に取り囲まれていました。道からはみ出した羊は犬が巧みに群れの中へ追い込みます。2、3枚も写真を撮ったと思った頃には、羊と牛の群れは、反対側の牧草地に移動していました。瞬く間の豪華なイベント、といった感じです。

その後、サザンアルプスの山々を左右に眺め、目の眩むような深い谷を覗き、物凄い水量の滝に立ち止まり、Fox GlacierのMt. Cook VIew Motelに着いたのが午後2時頃。

Motelから、名の通りMt. Cookとその下に流れ下る氷河の刻々と変わる風景を眺め午後を過ごしました。ところが、先日Queenstownに着いた日、通り雨に当たったままにしておいたのが、以前から治り切っていない風邪を悪化させたらしく、Foxに着いて以降、とても快適とはいえない状況でした。

12月7日(火)

体調は良くありません。それでも、折角予約したHeli-Hike(ヘリコプターハイキング)です。約束の11時45分に所定の場所へ向かいました。簡単な説明の後、氷河歩き用スパイクがついた登山靴に履き替え、バスでヘリポートへ。客は私たちを含め10名。客席の定員は4名のヘリが3往復です。私たちは2番目の出発、ヘリはサービスのつもりでしょうが氷河を囲む山の斜面を曲芸飛行をします。具合の良くない私にとって、面白いどころか不快なだけです。それでも、前の風防ガラス越しに3枚ほどシャッターを切りました。後でその写真を見ても縦か横か判然としません。

以前にも見た通り、氷河の氷は不思議な青い色をしています。足元のザラメ状の白い氷の下からも、湧き出すような青が見えますし、洞窟状の氷は、それこそ、目を見張るような美しい青です。

時折、地底からも、山あいからとも聞こえるドォーンという地鳴りに似た音が聞こえます。氷河のどこかが崩れ落ちる音だそうです。そして氷河は目には見えませんが1日に30cmとか2mとか下流に移動しているそうです。はるか3000m以上から連なるこの氷河が、今、私の立っているところまで下って来るのに、どれほどの歳月を要したのかと思うと、何とも不思議な思いがします。上流の方では、何千年もほんの少ししか動かないそうです。

感動半分、体の不調半分で、何とか3時半を過ぎ、ヘリとガイドがVHFで迎えのフライトの打ち合わせをしています。今はもう、早く帰って一刻も早く横になりたい思いです。

12月8日(水)

体調は最悪。それでも、何とか車を走らせる位はできそう。例によって6時起き。今日はTekapoまで約500km。それもサザンアルプス越えです。

初めYokoが車を走らせました。しかし、じきにギブアップ。というより、自分で運転したほうが楽だったともいえます。

とにかく、あの素晴しいTekapoのThe Chaletへ落ち着きたい一心で車を走らせました。ほとんどどこにも止まらず、午後2時前にはTekapoに到着です。

例によってバスが来て止まると、観光客が私たちの宿の庭(特に道路との仕切りがある訳でもない)まで入って来て写真を撮り、中には、私たちの宿のたたずまいに魅入っている人もいます。何だか、私たちまで見物されているみたいです。

折角の大きなバス(風呂)も使わず、私はできるだけ寝ることに専念しました。熱があるせいか、横になると気を失ったように眠ります。それに、声がもうよく出ません。効果的な風邪薬はChristchurchの薬局に行くまでは入手不可能。まだ日も暮れぬ間に寝てしまいました。

夜中、目が覚めて外を見ると太古の闇です。湖もアルプスの白い連なりもルーペンの花も、ただ黒々とした闇の底です。その中で、星だけが触れると冷たそうな色にギラリと光っていました。

12月9日(木)

8時に起き9時半出発です。昨夜眠ることに専念したせいか、体調は少し良いようです。今日の行程は220km。道も平坦です。つい数日前走った道ということもあって、ひたすらChristchurchのAirport Gateway Court Motelへ。12地に至り到着しました。もう声はほとんど出ません。部屋に入ると再び倒れるように寝てしまいました。

夕方、食事方々街へ出て念願の風邪薬を買いました。初めに行った同じパブで日本人には多すぎるディナーをとり、宿へ戻りまた眠ります。

10時45分、America's CupのTV放送を見ようと起きて見ると、Yokoも所在なく既に休んだようです。America's Cupでは、日本がトップのプラダチャレンジ(イタリア)に勝ち2位に上がっていました。

12月10日(金)

今日はレンタカーを返却する日です。約束の9時に車を返し、その足で例のパブで朝食をとりました。西洋人は朝というのに、よくこれ程食えるものだ、なんて憎まれ口をたたきながら、結局私たちも全部食べてしまいました。

その後、大聖堂広場の日向のベンチで午前中を過ごし、Yokoの土産の買い物に付き合い、タクシーで宿へ。夕食はMotelのレストランでとり、America's Cupの放送も見ずに床につきました。

明朝出発は4時45分。Yokoのフライトは6時35分でチェックインは5時です。起床は3時半。

12月11日(土)

4時45分、キウイにしては珍しく正確にタクシーがモーテルの前に着きました。トランクにバッグを積み、ロビーをぶらぶらしていると、もう搭乗ロビーへ向かう時刻。

何と呆気ない12日間。しかも私の風邪のせいで後半は十分にNZを楽しめなかったのではないかと思うと、何ともYokoに申し訳ない気がします。

「気をつけて帰るんだよ。年明け早々、また会えると思うけど、元気で。」

これで、この旅は終わりました。私は自分の荷物をカートに載せて引きずりながら、まだ人もまばらな空港ロビーをうろついています。私のオークランド行きは10時40分発、さてそれまでどうやって過ごしたものか。6時を回るとインフォメーションのカウンターに灯がつきました。私は「一刻も早くオークランドへ戻らなくてはならないのだが」というと、カウンターの女性が、「それでは6時55分発のがあるけど、それでどうかしら」といいます。「OK、すぐ変更してください。」

YokoのAir NZが滑走路へ移動するのを横目で見ながら、私はオークランド行きの便に搭乗しました。オークランド着8時。空港でシャトルバスをピックアップし、古巣のHuia Residenceに着いたのが8時50分。

「また帰って来たよ。11階に部屋がとれるかい?」と尋ねた時は、もう声は全く出ず、吐く息で囁くといった状態。部屋は以前の部屋の隣の隣。見晴らしは相変わらず素晴しい。

今日12月12日。声はさらに悪化している。暇さえあれば寝ている状態。私の声はいつ戻ってくるのでしょうか。

Zen, Auckland, Dec. 12, 1999


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