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ご無沙汰致しております。

ビザの件で、日本へ一時帰国し、ショートステイ・ビザを得て、オーストラリアへ戻ったところまでは、お知らせしたと思います。

その後は、三ヶ月以上にわたる遅れを取り戻すべく、ヨットのリペアに、日々、忙しく働いています。

ヨットというものは、おかしなもので、一つの問題点を修理、または、部品の取替えをすると、その過程で、二つ以上の問題点が見つかるものです。以前、「舵」にも、「段取り半分」というエッセイで、そのことを書いたことがありますが、要するに、そうやって、積もりに積もった課題に、やがて、頭の中のヒューズが吹っ飛び、パニックを経て諦めがやって来る。その諦めに運を重ねて、ヨットは、長期航海に出航して行くものだ、という内容でした。今も、正にそんな心境のさ中に居ります。

まあ、以前と違って、いくらか先が読めるようになってきているので、パニックになることはありません。それでも、何か仕事をやり残した後味の悪さがあり、それを拭い去ることは出来ません。

日本から帰って、一週間は、ひたすらボーっとして過ぎました。それでも、仕事が遅れていることは承知しているので、気が気ではありません。いつの間にか、小さな仕事から手掛けていました。

主な作業は、おおまかにいって三つあります。

一つは、アンカーのチェーンを収納するチェーンロッカーの改造です。これは、アンカーを上げているうちに、ロッカーの中でチェーンがウンコ状(汚い表現でごめんなさい)に積もり、チェーンの入口を塞いでしまうので、これを、もっと深くし、さらに、底に傾斜をつけて、チェーンが山になる位置を、入口の真下から少し他へ移動させたい訳です。

二つ目は、艇を上架して船底を徹底的にチェックし、船底を貫通するバルブのいくつかをと、トイレやギャレー(台所)の給排水系統のホースを取り替え、電蝕を防止する犠牲亜鉛を新しくし、船底塗装をすること。そして、三つ目は、バッテリーを全て入れ替え、配線関係を整理し、去年取り付けたソーラーパネルのバッテリーへのアクセスを2系統にすることです。勿論、これで全てではなく、マストを支えるステイの調整や、走行テストや、航路に合わせたチャート(海図)の買い込みと航路誌の整理などなど・・・・。一つ一つ上げていったらきりがありません。

そこへ、何かを手掛ける度に二つ、三つと新たな仕事が出てくるのですから、頭の中がシッチャカメッチャカになるという消息がご理解いただけると思います。

二月に、チェーンロッカーの改造をやりました。これは、エポキシ樹脂を使う危険な作業であることと、船首部のバルクヘッド(艇の横の強度を支える厚い仕切り板)を部分的に取り外すという、ちょっと素人には難かしい(道具も含めて)仕事なので、専門家を頼みました。頼んだといっても、私は、彼の助手のように働く訳で、三日間というものは、木屑、FRPの屑にまみれていました。

日本では、アンカーを打って何日間も碇泊するとか、時化の海で、アンカーとチェーン一本に命を預けるというような局面がありません。従って、アンカー系統についていえば、外洋航海に耐える設備が整っているヨットは、日本には、ほとんど無いといってもいいでしょう。勿論、私が日本を出る時に、必要最小限のことはしてきましたが、それでも、不十分だらけです。第一、チェーンを100m積む必然性など、思いもよりません。コーラル・リーフ(珊瑚礁)がほとんどない日本では、チェーンは20m、他はロープを繋いで長さをまかなうというのが一般的です。リーフでは、ロープは剃刀で切ったように切れてしまいます。

余談になりましたが、要するに、チェーンロッカーの改造とは、大袈裟にいえば、船体の改造ともいえます。

その作業が終わると、アンカーを上げるウインドラスの修理。さらに、チェーンを100m購入し、10m毎に赤のペイントでマークをつけて・・・・。

4月17日に、艇を上架する予約をしました。上げてみなければ、問題点は分りませんが、これだって、一筋縄でいくなんて、思ってはいません。

バッテリーは、よく生(なま)ものだといいます。寿命があるからです。従って、バッテリーの購入は、遅ければ遅いほどいい訳です。それでも、関連して行う配線の整理に、もしも、大きなトラブルがあったらと思うと、余り先送りばかりもしていられません。

三日前、ステイの調整をしました。

12本あるステイには、それぞれターンバックルというワイヤーの張り具合を調整する金具がついています。それを締め込み、ちょうどいい具合にマストをしっかりと支える訳ですが、不自然に締めると、マストは、簡単にくの字に曲がってしまいます。一、二本のワイヤーなら雑作もないことですが、12本となると、もう、精密機械をいじるような感覚です。昼過ぎから始め、夕方、やっと終了し、さて、トイレでおしっこをしようとしたら、何と、トイレのドアが開きません。つまり、ステイの締め込みで、艇体が捩れてしまったのです。確かに、紅海の向い風の帆走を考え、少しきつめに締めたことは事実です。それにしても、以前なら、この程度で艇が歪むなんてことはありませんでした。やはり、少しずつ、艇が老朽化してきているのだなあ、と感じました。翌日は、1.5cmトイレのドアを上に移動する仕事です。勿論、それほどの歪みを来たすなら、ステイを少し緩めることは当然です。航海中に、デッキにとったステイの根っこごと、抜けてしまうなんてことが起こったら大変です。ターンバックルのネジの戻り止めに結わえたステンレスの針金を、また、全部切り捨て、一からやり直し。忙しい、忙しいとぼやきながら、毎日、こんなドジなことを繰り返しています。

さて、航海計画ですが、出航は、五月の初め頃になると思います。

Mooloolabaを出て、Australia東岸をデイ・セーリングで北上します。何故、デイ・セーリングかというと、かの有名なグレート・バリア・リーフ(Great Barrier Reef)を航行するからです。つまり、リーフやボミー(水中に隠れた岩)が至る所にあって、パッセージといっても、眼で水路を確認しながらでなければ、とても走ることは出来ません。錨泊して、ダイビングやシュノーケリングをするなら、こんなに好い所もありませんが、航行となると、非常に厄介な所です。何艘かが同行しますが、シングルハンドは私と〔シーマ〕の松浦氏(何故か、日本人はシングルが多い)だけ。つまり、水路を見張る者がいません。

東岸を乗り切ると、Australiaの北端、ケープ・ヨーク(Cape York)を交わし、木曜島とかプリンス・オブ・ウエールズ島(Prince of Walls Is.)などを抜けて、アラフラ海のトーレス海峡(Torres Strait)にアプローチします。東岸もトーレス海峡も、それぞれ約1000海里(1800km)です。5週間から7週間の航海になります。行き先はダーウィン(Darwin)です。

ここで、最終的な準備を整え、八月か九月、インドネシアのロンボク海峡(Selat Lombok)を目指します。バリ島(Bali)で少々休息したら、ボルネオ島(Kalimantan)沿いにシンガポール(Singapore)へ向かいます。これも、沿岸航行の時は、デイ・セーリングです。シンガポールで十分休息したら、魔のマラッカ海峡(Malacca Strait)です。何故、魔のマラッカかというと、日本の新聞でもお馴染みの海賊が出没するという噂だからです。

マラッカを抜けると、いよいよ本格的な外洋航海になります。行き先は、スリランカ(Sri-Lanka)です。この辺りから、計画はかなり流動的です。次が、インド(India)の南端のガレ(Gale)。

その次が、オマーン(Oman)のシャラーラ(スペルが分りません。)そして、ガルフ・エイデン(Gulf Aden)に入り、エイデン(日本では、アデンと発音する。Aden)。これで、多分、今年が終わる頃でしょう。

次は、いよいよ紅海(Red Sea)です。ここの詳細を述べると、200ページ程の本になります。詳しくは、航海記までお待ち下さい。この度、サポートグループのご好意で、コンピュータを艇に積みました。行く先々で、FDに書き込み、信頼出来る港へ着けば、FDを日本へ送り、ホームページに載せてもらいます。

世界一の難所といわれる紅海を抜け、地中海(Mediterranean Sea)に入るのが、来年、2001年の春になります。最初に行くのが、イスラエル(Israel)かサイプラス(Cyprus, 日本ではキプロスという)になります。それから、トルコ(Turkey)、そして、ギリシャ(Greece)...

この辺りになると、全く予定が立ちません。今は、兎に角、グレート・バリア・リーフを抜け、ダーウィンまでたどり着くことだけで、頭の中はいっぱいです。

計画というには、余りにも雑駁に過ぎますが、下手に航海馴れしてきて、大雑把になったのでしょうかね。とはいっても、安全航行には、十分に気をつけますので、ご安心下さい。

以上が、近況、並びに航海計画のあらましです。

日本は、そろそろ春ですね。世界一美しい日本の春を、私の分まで満喫して下さい。

また、お便りします。

Zen/Mar.23/from Australia


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