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7月23日(土)/快晴・南東の風25Kn・27℃/Fine but violent wind

オーストラリアの南に低気圧の優勢な気団があって・・・なんていっていたくせに、今回は、迷いもなくスンナリと2オーバーナイトのクルーズに出発した。21日、午後0時半。

熱帯の美しい海を、微風に運ばれてのんびりと北上する。Cairnsを出て、沖の本船航路に入ると、じきに美しい夕日。Port Douglasは、午後7時、左舷にその街の灯だけを見て過ぎた。月の出は午後10時半。それまではこぼれそうな満天の星と対話した。快晴、南東10ノットの微風。海況はslight(穏やか)。いうことなしのコンディション。

明け方の逆らい難い睡魔も、頻繁な本船と漁船(トロール)の行き来に、いつの間にか凌いでいた。オーストラリア東岸で最北の街・Cooktownを通過したのが午前9時。それ以降は、白っぽい崖とブッシュの織りなす無人の大地がどこまでも続く。言語に絶する広さだ。

午後になって、Customs(税関)の巡視艇が通って行く。VHF無線でコールがあった。ボート名、最終港、次の寄港地、乗員、クルージング・パーミットの有無、船籍の登録地・・・そんなことを確認して、"Have a nice sailing"といって通過した。私は、天気予報を尋ねた。15〜20ノット。南東の風。三日間ほどこの状態に変化がない、という。

ここオーストラリアでも、最近、近い東南アジアからの麻薬やご禁制品の密輸が盛んらしく、税関ボートも、小さなフリゲート並みにいかめしい。しかし、その対応は実に実にフレンドリー。丁寧語とジョーク、そして、「よい航海と、この素敵なオーストラリアの海を十分楽しんで下さい」ということを忘れない。

それから少し経った頃、風は15〜20ノットになった。予報どおりだ、と思っていたら、20で止まらず25ノットに吹き上がった。おやおや。そうこうするうちに、波が険悪になってきた。時に30ノット。5ノットに抑えないと目的地のFlinders Is.に未明についてしまう。メインセールを3ポイントまでリーフし、ジブを降ろしても6ノット出てしまう。後は、正に風任せ。到着が早すぎたら、島の周囲をぐるぐる回っているつもりだった。

しかし、風はどんどん吹き募ってくる。波は、舵が利かないほどで、ウインドベーンも軋んでいる。寄港の予定からはずしたLizard Is.が近づき、日没が迫る。この海況で、リーフや無灯火の小島が入り組んだ狭い水路を、闇夜に乗り切れるだろうか?そんな不安が頭を過ぎる。Lizardは、時に、ゲームフィッシングのボートでいっぱいになると聞いていたし、今日は土曜日。VHFで「Lizardにアンカーリングしているボート。どなたか応答願います」とコールした。早速出てくれたのが、先程のCustomsだった。「Flindersまで行くつもりだったが、この時化で夜間航行に不安がある。Lizardの泊地に私のボートの錨泊余地はあるだろうか?」"Hello Zen. How are you doing? It is better coming soon and put your anchor here. There are plenty room for your anchoring in Lizard anchorage." そう聞くと、私は即座にLizardでの錨泊を決めていた。今まで、このまま航行を続けようかと思っていた風と波が、急に航行続行などとんでもない海況に見えてくる。セールパワーと修理したばかりのエンジンをフル回転して8ノット。日没が30分後に迫った大時化の海をひた走った。ベイの入口で、例のCustomsのフリゲートが待っていてくれた。"No problem?"近づいた私に尋ねてくれる。丁度、水平線に真っ赤な夕日が沈もうとしていた。

ベイの中にはたくさんのヨットがいたし、もう海底が見える状態でもなかったので、入口に近い所、フリゲートのちょっと前にアンカーを打った。水深5m。チェーンを30m出した。風はもろに吹きつけるが、波が全くない。在り合わせのおにぎりと野菜とソーセージのシチュウを食べ、夕べ一睡もしていない疲れと、安全な泊地に着いた安心感で、泥のように眠った。

今朝起きると、殴りつけるような雨が降っていた。すぐ半晴になり、現在午前10時には快晴。しかし、風は、相変わらず25ノット以上吹いている。この風が収まるまでは、ここでのんびりしよう。慌てたって、ろくなことがない。夕べは、若しかすると、命拾いしたのかも知れないのだから。

7月24日(月)/快晴・26℃・南東の風25Kn/Violence Wind and rough Sea

雲ひとつない。Great Barrier Reefの中でも最も美しい島、Lizard Islandにあって、この天気。されど、ディンギーで岸へ行くにも、飛沫でずぶ濡れになることを覚悟しなければ、艇からは一歩も出られない。60フィートのヨットが一艘出航して行ったが、他は全く鳴りを潜めている。あのくらいの大型艇にとっては、快適ではないまでも、この程度の風は問題にもならないのだろう。

先程、この島にある何かの研究所に、最新のweather informationをお持ちではないか?と問い掛けると、わざわざ本土の気象台に問い合わせて教えてくれた。今日は、このままの状態だが、明日から風が少しずつ衰えるとのこと。明日は15〜20Kn、明後日は10〜15Knとのことだ。Australiaの気象予報だから、例によって鵜呑みには出来ないが、まあ、それでも明後日あたりからは動けそうだという予想が立った。

日本の予報なら、20Knというと、最高で20Knだが、ここでは平均ということらしい。だから、15〜20Knという予報で出航すると、off shoreでは、決まって25Kn以上吹かれる。もう、急ぐ旅でもないなんていっていられない。今や、早急にDarwinへ辿り着かねばならなくなってきた。

次は、少々予定を替えて、Flinders Islandを素通りしてNight Islandまで、またオーバーナイトで行く。Nightまで行っておくと、その次がTurtle Head Island(ちょっと卑猥な名前だけど)へ、ワン・オーバーナイトで行ける。Turtle HeadはCape York(オーストラリア北端の岬)のつけ根にあって、そこから木曜島までは指呼の距離だ。ちなみに、木曜島はオーストラリア北部を西へ進むトーレス海峡(Torres strait)の入口にある島で、小さな街もある。ここに2日ほど休養をとって、いよいよ最終レグ、Darwinへと向かうことになる。木曜島からDarwinまでは、およそ850NM (1,555km)、約7日間の航海になる予定だ。

昨夜、以前「舵」誌に連載された藤村君の航海記を読んだ。グレートバリアリーフを2回、木曜島を1回に分けて書いている。このLizardにも立ち寄り、美しい島を満喫されたようだ。その中に、この海域の恐ろしさが余すところなく書かれている。ウン、そうだ、そうだ!と、頷きながら読み進んだ。

彼は、グレートバリアリーフ航海をCairnsから航海を始めている。勿論、その前はタスマン海で随分怖い目に遭ったらしい。しかし、私は、Mooloolabaからここまで、折々極限の時化の中を1075NM(約1970km)走って来た。さらに木曜島までは360NM(660km)を残している。グレートバリアリーフの南端から北端まで、まるまる全航程である。そのプレッシャーと疲労感は、恐らく藤村君のそれを、既に上回っているに違いない。

記事の中には、随分参考になるものも多い。チャートと首っ引きで読み、文章にマーカーを入れたり、チャートに印を付けたり。それにしても、何処かで楽な航海になってくれるのではないか、という期待は完全に捨てなくてはいけないことを知った。

たった今、VHFで近くにアンカリングするヨットからアフターヌン・ティーのお誘いがあった。ありがたい話だ。ディンギーを降ろしていないので、とやんわり辞退すると、迎えに行くという。ありがたく、お言葉に甘えることにした。彼らも私同様、退屈しているのかも知れない。

7月26日(水)/晴・26℃・東の風20〜25Kn/Unstable Weather

ここ、Lizard Isにアンカーリングして、もう四日になる。気が急くが、こんな気象状況で出ても、またひどい目に遭うのがおちだ。

今朝のWeather forecastを聞くと、強風注意報が出た。25〜30Knが今日から明日にかけて吹くといっている。

私の次のレグは、オーバーナイトでNight Isへ行き、一晩休養したら、もう一晩かけてTurtle Isへ一気に行く計画だ。そうすると、このややこしいGreat Barrier Reefを抜け出し、木曜島がone day sailingの距離になる。木曜島に着けば、後はDarwinへのレグが残るだけ。だから、平穏な天気が4、5日続いてくれなくては動きがとれない。何しろ、その間、ここ以上に安心できるアンカレッジがないのだから。もっとも、リーフの奥のマングローブ茂るクリーク(小川)を遡れば、サイクロンホールといわれる嵐も凌げる場所はいくつかあるが、避難すべき時に、都合よくそうした場所が近くにあるとは限らない。それに、そういうクリークは、一般的にクロコダイル(鰐)の巣だ。

航海に"about"は許されない。だから、ヨットは風任せとはいえ、航行距離、所要時間、アンカレッジの特定は常に厳密でなくてはいけない。特に、こんな厄介な海域にあっては!

ビーチは、リゾートの客、沖に碇泊中の豪華客船の客などで華やいでいる。

私は、相変わらず、ディンギーを降ろすのが億劫で(降ろせば、揚げなければならない。当たり前のことだけれど)、艇に缶詰状態だ。デッキから、双眼鏡でトップレスの女の子を眺めて過ごしている。やれやれ・・・。

7月27日(木)/雨・25℃・南東の風20Kn/Gloomy(陰鬱な天気)

昨日、CloverのMikelとJoanが私をビーチへ誘ってくれた。四日間もこのLizard Isにいて、初めてのランディングだ。

Hoop‐Uの藤村君も舵に書いていた通り、本当にきれいな島だ。海の色も景色も、何だかフレンチポリネシアのファツヒバ島、ハナモエノアのベイに似ている。

暫く歩いていないし、ヨッティが陥りやすい足の衰弱を考え、ビーチの端から端まで、キュッと鳴る砂を踏みしめて歩いた。

ビーチには、沖に碇泊中のCaptain Cook Cruising客船の人々が大勢いた。みんな水着で熱帯の海と太陽を楽しんでいる。そこへ、Gパンにポロシャツのムサイ東洋人が入り込んだので、ちょっと異様な感じがしたらしい。ビーチの外れに小川があった。昨日辺りから頭の汚れが気になっていたので、躊躇わず小川で頭を洗った。どう考えても、観光客にしてみれば、まともな行動ではないようだ。近くにいた人々が、スーっと離れて行くのが分った。

Weather forecastによると、明日から土曜日までは相当荒れそうだ。沖係りで強風になると不安があるので、昨日の夕方、ビーチの近くに移った。沖と違い、ほとんど風がない。

何もすることがない。バッテリーの関係で、ビデオも見られないし、暗くて本も読めない。キャビン灯を点けていることさえ、本当は避けなくてはいけない。仕方がないから、まだ9時というのにベッドに入った。風がないとはいえ、山の尾根を越える風の音は相変わらず不安を掻き立てる。そんな音を聞きながら眠りについた。

夜中に目が醒めた。午前2時。風は北東になり、各艇の位置が随分変わっている。しかも、風は結構強い。早すぎた夕食のせいで空腹を感じ、インスタントラーメンを作った。食べていると、フッと風の音が絶えた。

今朝になっても、風は絶えたままだった。ただ、毎朝の晴天とは打って変わって雨が降っていた。日中も明かりが必要なほど暗い。エンジンを廻し、発電しながら明かりを点し、パソコンを打っている。

これから25〜35Kn吹くと予報はいっている。ここ数日、予報は外れっ放しだけど、誰もが不安なのだろう。昨日、私が泊地を移動して以来、もう5艘のヨットが私の周囲に移ってきている。沖は、雨に霞んでいる。

7月29日(土)/曇り・23℃・東の風30Kn/Gloomy

22日にLizard Isにアンカーを打ってから、今日で一週間が過ぎた。何もすることがなく、ただ天気の回復を待つということにうんざりしている。それに加えてこの嵐だ。何だか、暴力の小競合いが繰り返される緊張の中に身を置くような、神経が擦り減っていく極度の不快感を覚える。もう、たくさんだ!私の中で、そんな叫びが鬱積し、それが強度のストレスになっていった。

昨夜、11時過ぎ、どうしようもないフラストレーションを抱え、就寝の準備をしていた。左の肩から脇の下にかけ、時々鈍痛があった。肩が凝り、頭痛も一日中消えなかった。歯を磨き終えた時、突然、あれがやって来た。

初め鳩尾と左胸の脇が鋭い痛みを感じた。それがじわじわと拡がって胸全体が握り潰されるように痛み出した。三度目の発作。初めは、Mooloolabaを出てBundabergへ向かう大時化の洋上(6月18日)、次は、Rosellyn BayからLaguna Quays Resortへ向かう航海中(6月26日)。その後、発作がどういう時に起こるかが何となく分ったので、そういう時は十分に警戒していたせいで、暫くは平穏だった。(肉体的に影響を及ぼす程の強いストレスが、発作を引き起こす大きなファクターになっていると感じられる。)

昨夜(7月28日)は、そうしたストレスを発散する方法もないまま、発作へと進行したことになる。

このまま航海が続けられるのだろうか?続けられないとしたら、どんな選択肢があるのだろう?恒常的に20Knは吹いている風上のCairnsへ、今の健康状態で二晩かけて行けるだろうか?しかし、Cairnsへ行って、何をしようというのか?航海の中断?中断の後に再開があるのか?中断は、そのまま断念になるのではないか?・・・・

いろんな問いが頭の中を駆け巡る。さらに、疑問符が続く。

断念して、私にどんな生き方があるのか?暗黒の嵐の海を、恐怖に打ちのめされそうになりながら航海する必要はなくなる。しかし、陸に安逸の生活があるのか?揺れないベッド。シャワーも風呂も不自由なく、食料も水も心配せずに済む。テレビも新聞も電話もある。のんびりと大地を踏みしめて散策も出来るかも知れない。

しかし、航海が志半ばにして潰えたことに、心が痛まぬか?世界中のセーラーの中には、同じ心臓発作や癌を抱えて尚、航海に執念を燃やしている人を何人も知っている。恐ろしい遭難を乗り越えて、再び航海に出ようと艇の大修理をしているセーラーも知っている。たった三度、狭心症の発作を体験して、それで航海の継続をギブアップする自分が許せるか?恐らく、許せまい!どんな楽しみのさ中にも、その陰に潜むこの心の負い目は誤魔化しようもなく私を苛むに違いない。負け犬にはなりたくない。多分、私は、負け犬で生きる自分を許さないと思う。

今日も30Kn以上の風に海は荒れている。予報では、後二日はこの状態だという。ストレスは、発作で解消した訳ではなく、そのまま私の中にあり、更に膨らんでゆく。兎に角、気持ちを穏やかに保ち休養すること。ソファに寝そべって、トム・クランシーのスパイ小説にでも熱中するしか方法がない。

8月3日(木)/曇・26℃・20Kn/Groomy

Lizard Isにアンカーを打って、既に十二日目だ。焦りなんて生易しい感情は、とうの昔に通り過ぎた。もう、この航海の継続そのものに思いが及ぶ。

と、いうのも、食料と水までがそろそろ怪しくなり出しているからだ。

このベイには、Mooloolabaでいっしょだった艇も何艘か錨泊している。彼らは、無線のネットで私の健康状態をある程度知っていた。どうなんだ?と尋ねるから、一応、様子を説明すると、異口同音に、Cairnsへ戻って検査と治療を受けろ。このままの航海は危険過ぎるという。Cairnsへ戻るといったって、今の私の体調で、この25Kn以上の風を前から受け、2メートルの波にがぶられながら140海里も航海は出来ない。ただ、食料も水も後10日が限界だ、と答えると、クルーを探してやるという。そうなったのでは、もう前進はないことになるので、「いや、もう少し様子を見るから」と、クルー探しは断っておいた。

今日は、予報では25〜30Knの風といっていたのに、20Kn程度しか吹かない。しかし、雲が低く垂れ込め、視程は非常に悪い。如何にも、じきに荒れてくるという様子だ。

彼らのいう通り、体調と食料・水を考えると、Cairnsへ戻るのが上策だとは思う。しかし、Cairnsで検査や治療を受けていたら、恐らく、このシーズンの航海は見送りになってしまう。そればかりか、私自身の気力が萎えてしまって、航海の継続が出来るかどうか(たとえ来年であっても)自信がない。それに、オーストラリアに艇を2年以上置くと、輸入とみなされ、船価の35%の税金を取られる。一説によると、GSTの改革で18%という人もいるが、210万円、若しくは、108万円を払う気もない。それを払うためには、艇を売却しなくてはならないだろう。そうなれば、全ては終わりだ。

ほんの4,5日間、明日か明後日あたりから15〜20Knの風になってくれるかどうかに、私の全将来がかかっている。それ以上経つと、水と食料を積み込みに、CooktownかCairnsへ必然的に戻ることになる。そうすれば、多分、来年はいざ知らず、今季は棒に振ることになる。

はたして、航海を断念して、私にこの先の人生があるのだろうか?いろんな事が絡み合って、それがために断念することになったとしても、はたして、私自身の中で、ぎりぎりのところ、自分が許せるのだろうか?何とか自分をなだめすかすことに成功したとしても、はたして、私は自分の余生を楽しめるのだろうか?自分を人生の敗北者、または、負け犬と感じるに違いない。そう思う。

Cairnsへ戻るルートをGPS上に設定したりしながら、今、正に人生の岐路に立っていると感じている。

案の定、風が吹き出した。今夜も荒れるだろう。

8月4日(金)/曇、時々晴れ・26℃・南南東の風30〜40Kn/Rough

昨夕から荒れ出した気象は、夜になって暴風雨になった。25〜35Kn、突風で40Knの風が激しい雨を打ちつける。艇は、右に左に、チェーンを軸に走り回るように振れる。海底の砂に食い込むちっぽけなアンカーが、よく抜けないものだと感心する。就寝後も、ハンマーで打ちつけるような風の衝撃に何度も目覚め、都度、デッキへ出てアンカーを確かめた。そして、いくらも眠らずに朝になった。

今朝、寝起きのコーヒーを飲みながら、私は、凄く自然に、この航海の継続を諦めた自分を許した。

これ以上は無理なんだ。本来、人生を豊かにすべき航海が、神経をヤスリで削るような苦行である必要はないのだ。水も食料も限界が見え出し、三回目の心臓発作と、それを引き起こすストレスでがんじがらめになって、それでも尚、航海に立ち向かう何があるというのだ。

朝のシーガルネットに先立ち、417ネットの惣田さん、サポートでホームページのデーリーの情報を送ってくれている高橋さんにその旨を告げた。そして、シーガルネットでも同様に。

何だか、すぅーと胸のつかえがとれたような気分だ。その後のことは、何処か、陸に足が届く所に落ち着いてから考えよう。今は、水と食料を確保し、医療のケアを最優先にし、ズタズタになった心を休めよう。

このレターを楽しみに読んでくれていたみんなには、本当に申し訳ないと思う。でも、どうか分って欲しい。私が出来る範囲のことは、全力でやり遂げたのだということを。

前にも書いた通り、これは苦行ではないのだ。人生を豊かにしようという試みであり、自らへの挑戦なのだ。そういう意味では、私は、挑戦に敗れたことになる。しかし、それは私の個人的問題であり、それをどう受け止めるかは、今後、私自身が対峙すべき問題なのだ。

これからも、落ち着くべき所までの航海は続く。風上へ向かうのだから、苦しい航海になると思う。ただ、私の能動的な航海は、今シーズンにおいては、このレターで終わる。今日まで、読んでくれてありがとう。多くの人々が、私を見守ってくれているということが、どんなに航海の励みになったことか!

8月7日(月)/曇・27℃・東の風8Kn/?

去る4日、航海の中断を公表した。そして、私個人の内面の葛藤が始まった。

志半ばにして、何事であれ中断、または断念する自分を、将来、私自身が許せるか?そこから派生するいろいろな疑問は、やがて、敗北者と自らを規定するに至った。そんな負い目を担って、はたして生きて行けるのだろうか?もう一踏ん張り出来なかったかと、思わぬだろうか?恐らくは、余生を鬱々と負け犬意識で過ごすことにならないか?

一番胸に堪えたのは、口惜しさだった。太平洋は、南北とも巡ったとはいえ、当初の私の志は、世界を巡ることではなかったか?それを放棄することの口惜しさ、敗北者に自らを貶める口惜しさが、煮えたぎるように私の内を駆け巡った。

5日の夜は、ほとんど眠ることも出来なかった。明け方、私は起き出してアンカーを揚げた。そう、もう一踏ん張り出来なかったか?という自らへの問いを封じておきたかった。Cairnsへ戻るのではなく、Cape York(オーストラリア最北端)を目指して、やっと明るくなりかけたLizard Isを後にした。

若し、辞める必然が降りかかったら、何時だって辞められるのだ。それに、航海に出るからには、若しもの時の覚悟だって出来ていたではないか。

唐突だったが、出航してみて心が決まった。私は、陸に上がって、細々と独居老人など出来るタイプではないのだ。辛かろうと、寂しかろうと、とにかく海を渡って旅をする。そこにしか私の人生はないと実感した。

あんなに荒天続きだったのに、6日の海は、それほどひどい状態ではなかった。そして、海は限りなく美しかった。散々苦しんだけど、この決断は正しかった。少なくとも、将来、自分を責め苛んで生きることはない。

8月6日は、私の特別な日になった。何だか、全るものに感謝したい気分だ。

今、これはLizardを出て2日目の航海途上で書いている。この高揚した気持ちを忘れぬうちに、皆さんに伝えたかった。

8月11日(金)/晴、時々曇・30℃・東の風30Kn/fine

何という事だ!またしてもトラブルだ。

8日の夜は、Night Isに錨泊した。余り居心地のいいところではなかったが、不眠の航行の疲れもあって、泥のように眠った。そして、午前5時半、そこを出航して次のアンカレッジ、Turtle Head Isへ向かった。ガンガン吹かれたが、気持ちが高揚していて気にもならなかった。

9日、朝8時、Turtle Headの入口に差し掛かり、チャートと首っ引きでベイへ入って行った。安全のため、注意は怠らなかった。しかし、この辺りは、まだまだ未調査の部分が多い。おまけに水は濁っていて海底もリーフも見えない。そして突然、物凄い衝撃がきた。キールが岩に激突したのだ。私もコックピットの前まで跳ね飛ばされ、キャビンの中で、木片が飛び散るのが見えた。測深器は、8m、8m、5m、8m、そして、いきなり1mだ。どうやったって避けようがない衝突だった。

そうなると、もう何処ヘ向かえば十分な水深が得られるのか分らなくなる。ベイの中には、もっとたくさんのボミーがあって、またキールをヒットしないとも限らない。それに、この衝撃で、船体に何らかのダメージを負ったに違いないから、人間のいるところへ行き、いざという場合に備える必要があると思った。

そのまま反転すると、チャネルを出て木曜島へ向かった。まだ9時だ。45NMあるけれど、夕方前には着ける。

木曜島へ向かう海域の潮流は半端じゃない。逆潮になると艇速は2Knもでない。しかし、幸いにも連れ潮だった。夕方4時半、舵も利かない水路を、宥めすかしてやっと木曜島の対岸、Horn Isの岸辺にアンカーを打った。

早速、船体のチェックだ。航行中から、床上を海水がローリングに合わせて右に左にザアザア流れていたが、案の定、キールの付け根の形で、船底にクラックが入っている。それほど大量ではないが、確実に水は浸入している。このままでは、明朝までに、半分沈没しかねない。VHFでコーストガードをコールした。しかし、既に5時半。誰も応答してくれない。思いに余って、「こちらはヨット禅です。どなたか応答下さい。今、私のヨットがエマージェンシーの状況です。どなたかコールして下さい」何度か繰り返すうちに、やっと応答があった。既に暗くなりかけている頃だった。"こちらはTAOというヨットです。禅のじき後ろに停泊しています。緊急とはどういう状態ですか?"と女性の声。私は、あらましを説明した。今すぐ、そこへ行くといって無線は切れた。ものの3分ほどして、Bobという初老のセーラーが、さらに他からスパニッシュ・ダンサーとサマーブリーズというヨットが、ディンギーを飛ばしてやってきてくれた。やはり、コーストガードよりは、近くのヨッティーが本当の仲間だ。

キャビンの中から船底を見たみんなが、異口同音に「これはひどい」という。私は、木曜島のことは何も知らないので、教えて欲しい。このヨットを陸揚げできる場所はないか?出来れば今夜のうちに、といった。残念だが、ヨットを扱うヤードはここにはない。兎に角、明日の朝まで安全を確保するためにビルジポンプを貸して上げよう。Bobはそういってポンプを取りに自分のヨットへ戻った。

着いたらゆっくり眠ろうなどという幻想は、脆くも潰えた。床下の油混じりのビルジをコカコーラのペットボトルを半分に切ったやつでバケツに汲み出し、傍ら、bobが貸してくれたポンプで排水する。晩飯を食うどころか、作ることも出来ないまま、真夜中になった。水は大分減ったが、まだ別の床板を剥がして汲み出すところが残っている。もう、それは明日にしよう。飯だけ炊いて、お茶漬けにして食べて、ぶっ倒れるようにバースに潜り込んだ。夜中は、2時間おきに目覚ましを掛け、ポンプを駆動した。

翌朝8時、Bobが来て、電話で何ヶ所かに当たってみたが、何処からもOKは得られなかった。これから、いくつかのヤードを訪ねて直に交渉しようという。本当にありがたい話だ。彼は、自分のことのように、真剣に走り回ってくれている。

しかし、どのヤードも返事は同じだった。私は、折れているビームのストリンガーを仮に修理して、浸水を水中ボンドで停めたらDarwinへ行って本格的な修理をしてはどうか?といってみた。誰もが、それは、余りにも危険だ。左右にローリングする時、3トンものキールが船底に与える負荷を考えてみろ、クラックは拡がって浸水はバケツでは追いつかなくなるだろうし、下手をすれば、キールが船底ごと脱落するかも知れない、という。

今朝、Bobが来て、ダイバーを頼んだから、外側から損傷を観察してもらうという。やがてダイバー(通常は、クレーフィッシュ=イセエビ獲り)のScottが来て、潜ってくれた。潮が滅茶苦茶早いので、バウからロープを垂らし、それを支えに観察し、同時に写真を撮った。

やがて海中から上がったScottは、とてもじゃないが航行出来る状態じゃない、と断言した。それじゃ、どうすればいい?と尋ねると、「貨物船でCairnsへ送って、そこで修理するしか、他に手はないだろう」という。Bobは、しきりに頷き、「Zen、我々は今、一生懸命やっていることは確かだ。しかし、言ってみれば素人の集まりだ。Cairnsには、ちゃんとしたヤードも職人もいる。そこへ行くのがベストじゃないだろうか?まあ、午後に出来てくる写真をもう一度チェックして考えよう」といった。

今度こそ、中断が余儀なくされたのだろうか。Cairnsへ戻れば、当然そういうことになる。口惜しいけど、それは動かし難い事実だ。それでも、Lizard Isで中断したのとは全然違う。今度こそ、本当にベストを尽くしたという納得がある。

8月15日(火)/半晴・南西の風20Kn・29℃/fine

12日、Scottが潜って船底を見てくれた。私が、Darwinへ行く可能性を尋ねると、Terribleという答えが返ってきた。「キールが現在ついていることだって奇跡だ」といった彼の言葉も、私には、少々オーバーに聞こえた。

夕方、TaoのBobが私を迎えに来た。Taoへ行くと、Scott、Summer BreezeのGerryもいた。そして、写真を見せられた。背筋が寒くなった。Darwinはおろか、よくぞ木曜島まで来られたものだ。私は、納得した。これで、今期の航海は終わった、と。Gerryに、Cargo Shipの方、よろしく頼むとお願いした。

日曜日の夕方、Summer BreezeのGerryが、貨物船の船長に会いに行くという。早速彼の艇へ行き、ワーフへ同行した。日中、木曜島のメイン・ワーフでコンテナを積んでいたカーゴ・シップが、Horn Isのワーフに横付けした。ここでもコンテナを積むらしい。暫くすると、船長がラットウエイを降りて来て、Gerryと握手し、Gerryは私を船長に紹介した。大方の話は聞いているらしく、私が持参した図面を眺め、「問題ないだろう」という。但し、本社の方で、どんな積荷を予定しているか分らないから、一応、返事は水曜日頃まで待ってくれ、といった。因みに、木曜島からCairnsまでの運搬料はAU$3000(21万円)とのこと。他に、私が船客として乗るので、プラス300ドル+GST(消費税)。やれやれ。これで終りじゃない。船積みのための船台作りの実費、そして、Cairnsでの想像もつかない修理費が予定される。またまた、破産の脅威にはらはらしなくてはならない。

いずれにせよ、次の日曜日頃、禅はカーゴシップに載せられて木曜島を離れることになるだろう。Gerryに、今度の日曜日に船積みできるだろうか?と尋ねると、"probably"(多分=可能性が高い)と、いっていたから。

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