ホーム
Home

8月23日(水)/晴・南東の風15Kn・28℃/Fine

8月20日、貨物船で木曜島を出発し、Cairns行きの航海が始まった。

 マスト倒しも、貨物船のクレーンを使ってやることになり、朝から、BobもGerryも禅に来てくれた。金曜島在泊のCimaの松浦氏も前の日から応援に駆けつけてくれていた。

 午後3時、貨物船“Trinity Bay”への船積みを開始。私は、マストの中間まで攀じ登り、マストを吊り上げるためのロープを結んだ。ふと見ると大勢の船客が、アッパーデッキの手すりに凭れて見物している。今夕からいっしょに船旅をする人たちだ。挨拶代わりに手を振ると、みんな一斉に手を振り返した。マスト倒しもヨットの積み込みも、貨物船の作業員は、期待以上に何から何までやってくれる。禅は、見る間に貨物区域の最前部に納まった。

 それにしても、つい10日前までは、見ず知らずのBobもGerryも、本当に肉親も及ばぬ程によくやってくれた。感謝の気持ちは、下手に言葉にしようとすると、却って中途半端になってしまう。互いに、しっかりhug(抱擁)し、固い握手を交わした。彼らは、「必ずCairnsから戻って来いよ!」とだけいって去って行った。

 船客になって、部屋にも落ち着かぬ間に夕食になった。言葉を交わすたびに、ヨットを船積みした事情を説明することになる。いつの間に出航したのか、船窓から木曜島の街の灯がきらきらと輝いて見えた。同じ海の上を、これほど快適に航行する手もあるのかと、只々驚くばかりだ。

 夜中に、エンジンの調子が変わった。どこかに碇泊したらしい。朝になってみると、Cape Yorkの西側にあるRed Isの対岸、Seisha(セイシャ)というほとんどがアポリジニ(オーストラリアの先住民族)の集落らしい。ここから船に乗る人たちは、キャンピング・カーとか4WDのランド・クルーザーなどでCairnsからキャンプをしながら来た相当に年配の人たちばかりだ。オーストラリア人は、いくつになってもアウトドアを楽しむことを忘れない。

 夕方、セイシャを出発した。Darwinへ行くのには、非常に好い中継点だ。Cape Yorkへ向かう貨物船のコースを真剣にチェックしながら(これを反対に辿ればいい)、夕暮れの無数の島影を楽しんだ。

 朝、サンデッキに出て見ると、丁度日の出の時間。そして、右手にNight Isが見えた。何処もみな、一度通って来た見覚えのある景色だ。昨夜から、船がどの辺りを走っているのかと、みんなが私に尋ねる。今日の夕方辺りに、Flinder Is、そして,Cape Melvilleを通り、明け方、Cooktownを通過すると説明すると、みんな頷いて聞いてくれる。幸いにも、予測は的中した。

 23日朝、船長が、「Zen、3時にCairns Cruising Yacht Squadronへヨットを着けるように段取りしよう」という。正午、Cairnsに着き、いちばん先にヨットを降ろしてくれた。そして、船長は、ヨット・スコードロンへ電話を掛け、マリーナの準備まで手を廻してくれる。さらに、下見にマリーナへ連れて行ってくれるという。恐縮しながらも、船長の車へ向かった。メルセデス・べンツ!マリーナ・オフィスへも連れて行ってくれたが、聞くと、船長もこのマリーナのメンバーで、かつて35フィートのヨットで世界一周をしたことがあるのだそうだ。成る程!この親切は、ただ事じゃないと思ったけれど、やっぱり、ヨット仲間の思いやりであった。

 挙句の果て、3時に貨物船“Trinity Bay”のアロングサイドを解いて、私がマリーナへ向かう時、船長は、航海士を一人、着岸の時に人手があった方がいいからと付けてくれた。最敬礼の感謝。

 今日は、ボート・ヤードに陸揚げするクレーン(トラベルリフト)に宙吊り状態で夜を過ごし、明朝7時、ハードスタンド(陸地に固定する)に移す。その前、午前6時(まだ、暗い!)、グラスファイバーの職人が、禅の修理について見積もりをとりに来る。その後、9時、税関(Customs)がマリーナまで出向いてくれる。着いた早々から、忙しいことだ。

8月24日(木)/快晴・33℃・南西の風8Kn/Very fine

 朝5時半、まだ真っ暗だ。早起きして職人の到着を待った。7時にハードスタンドの作業が始まっても、グラスファイバーの職人は来なかった。後刻、紹介してくれたマリーナの職員にそれをいうと、「忙しい人だからねエ」といった。例によって、Australia風呑気に悩まされることになるのだろうか。

 9時に、マリーナ・オフイスに来るというCustomsを待った。10時を過ぎても誰も来ない。電話をしてみると、後10分で来るという。SteaveというCustomsは、車が込んでいたと言い訳をした。このCairnsで渋滞なんて見たこともない。

 今まで、Customsは、常に親身になってくれた。そんな甘い期待があったことは否めない。中には、こんなストリクトなCustomsだっていることを思い知った。

 私のパスポートとクルージング・パーミットの記録を見て、Customsは、「一年以上、オーストラリアにヨットを置いておくこと自体違法だ。禅は、既に2年目になる。事故があったとはいえ、これ以上の延長はありえない。ヴィザとクルージング・パーミットの期限である10月26日までにオーストラリアを出国するように」といった。まだ、修理が何時まで掛かるかも不明なのに、出国(Darwin)の予定など立てようもない。朝から、頭を抱えることになった。

 思案に暮れて、マリーナのカフェでコーヒーを飲んでいると、凡その事情を察知したヨッティたちが、代わる代わるやって来る。その都度、自己紹介。向うはZen一人が対象だが、こちらは何人もの名前に圧倒される。Charles,Frank,Pole,Scott,Shane,Donald,Alone、それにAlan・・・・これ以上は、とても覚えられない。

8月27日(日)/快晴・32℃・東の風20Kn/Fine

 昨日、Alanが、Alan(同名)というグラスファイバーの職人を連れて来た。今までに3人の職人に見てもらったが、AlanだけはグラインダーでFRPを削って損傷の程度を確かめた。金額を尋ねると、他より僅かに高いが、ベーシックな部分でAU$2000という。他に、内部の木工工事や、気になっていたオズモシスの補修やらで3000ドル(約21万円)を少々越えるだろう。私の経済状態からいえば大金だが、この手の修理を日本でやったら3倍以上はかかると思う。不可欠な経費として了解し、Alanに発注することに決めた。

 午後から、Alanが再びやって来て、今度は、キャビンの側から船底を一部切り取った。だから、今は、キャビンから下を通る人が見える。これで、月曜日から始める工事の見通しが立ったらしい。それにしても、FRPの粉塵は凄い。辺り一面を真っ白にするばかりか、ガラス繊維の塵だから、全身がチクチクと痛痒い。これを、英語でitchy(イッチィ)という。感覚的に納得できる言葉だ。

 今日日曜日は、どんな職人も仕事はしない。Alanも今日は来ないから、邪魔にならない今日のうちに、船底のサンディングをした。どの道、ヨットを水に戻す前に、また船底塗装をすることになるから、その準備のためだ。海草や貝が付着できない毒性を含む塗料が黒い塵になって、風に煽られて私を直撃する。手足も顔も真っ黒。くしゃみは出るし、目は真っ赤になるし、鼻の中も真っ黒。今日は、相当の毒物を摂取したことになる。すぐシャワーをつかい、着替えて、夕方からマリーナのレストランへディナーに出掛けた。上架していると、ギャレーが通常のように使えないから、外食が多くなる。

 明日は、朝7時から、Alanの作業が始まる。本当に、7時に来るのかな?

8月30日(水)/快晴・33℃・東の風10Kn/Fine

 AUSの職人にしては、別格の勤勉さだ。朝7時、朝食をとっていると、電動工具の音が聞こえ出す。28日には、削り取る部分を全て取り除いた。そして、昨29日は、船底の外側から6プライのガラス繊維をエポキシ樹脂で積層した。さらに、船内側から、船底を切り取った部分に3プライ貼って3時に仕事を終わった。職人の仕事は、通常、7時から午後3時が一般的。

 Alanは、以前はリギンの仕事をしていたそうだ。お父さんが大工で、手伝いのため大工になり、関連的にファイバーグラスをやるよういなったという。今でも、マスト関係のリギンの仕事とファイバーグラスの仕事が半々なのだそうだ。「それじゃあ、頃合いを見てマストも立ててよ」といったら、3時で仕事を終えて帰ったと思っていたのに、4時にクレーンを連れて戻ってきた。30分後、禅はマストを立てて、久し振りにヨットらしくなった。隣のハードスタンド、“ドリフター”のマックにシャワーで会ったら、「ZEN,お前の船がヨットみたいな格好になってるぞ」と冗談をいった。

 今日水曜日、Alanは、ヨットクラブのレースがあるとかで作業はお休み。35フィートのレッドシダー(木艇)のレーサーを持っているそうだ。

 明日31日は、船内側の亀裂部分を補修し船底を切り取った部分に、さらに3プラィ貼り重ねる。そして、週末から来週にかけて、キャビンの木工(チンバーワークという)工事。

 昨日、28フィートのローボート(手漕ぎボート)が入って来た。何と、カリフォルニアを出発し、ハワイ、マーシャル諸島、ソロモンを経てAUSに着いたのだそうだ。所要日数235日。勿論、シングルハンドで、36、7歳のアメリカ人。名前はMick Birdという。たちまち意気投合し、航海の話に花が咲く。「Mick,私はよくクレイジーといわれるけど、きみはどうだい?」「そうそう、ブレイヴといったと思うと、その後に、必ずクレイジーとついてくる。確かに、普通の社会生活をしている人たちにしてみれば、ZenやぼくのやってることはCrazy Jobに違いないよ。」今日は、ヤードの地面に船内の全ての物を広げて、日光に当てている。

 今朝8時半、タグボートに引かれた漁船が入って来た。よく見ると、船尾は大破、窓ガラスは全て割れている。どうしたのかと尋ねると、沈没し、それを引き上げて曳航して来たのだそうだ。マリーナ職員のAlanが、「Zen,これをみろよ。お前はラッキーだったんだぞ」といった。我が身に置き換えてみると、ぞっとする。

 よく、船長が、船と運命を共にする話を聞くが、若し、私が自分の船をこんな風にしてしまったら、恐らく、沈没していく船に、どこまでも付いていてやろうと思うだろう。本当に、Alanがいうとおりだ。亀裂があと数センチ大きかったら、当たり所がもう少し悪かったら、船のスピードがあと1ノット早かったら・・・今頃、グレートバリアリーフの北端、コーラルシーのどこかに、こんな風に大破して沈んでいたのかも知れない。この海域を熟知した漁師でも、海況次第ではこうなるのだ。決して、起こりえないことではない。

 ここは、船を修理するボートヤードだから、いろんな船が、いろんな故障を抱えて入って来る。それにしても、昨日の勇壮な手漕ぎボート、そして、今朝の沈没船・・・明暗の差が大き過ぎる。

8月31日(木)/快晴・33℃・南東の風5Kn/fine

 キャビンには床板もテーブルもない。今日は、キャビン側からの補修工事だった。エポキシの乾燥のためと、明日から始まる木工のために床板もテーブルも両側のソファの上に積み上げてある。

 Alanは、3時で仕事を終え、"See you tomorrow morning"といって帰った。早めに今日の仕事を終わってみると、何もやることがない。本を読むにもソファはガラクタでいっぱいだし、手紙を書くにもテーブルもない。しょうがないから、5時に準備を始め、6時には夕食を済ませた。その後、お茶とタバコを持ってコックピットに出て夕涼みし、真っ赤な夕日を見た。キャビンに戻り、差し障りのない所に40センチ四方の床板を一枚だけ敷いて、キーボードで、最近作曲した曲ばかりを弾きまくった。さらに、シャワーへ行き、今日の作業で、ガラス繊維でチクチクする全身と、エポキシでべとべとになった手足を洗った。それでも、まだ9時。

 連日、Alanは朝7時を少し回った頃から仕事を始める。だから、私は毎日6時起きだ。しかも、寝るのが午前1時か2時。12時前に寝ても、どうせ眠られやしないし、早く寝ると、宵っ張りの常で、何か損をしたように感じる。普通なら、8時頃まで寝ているのに、連日6時起床では、少々寝不足気味。だったら、寝たら良さそうなものを、天邪鬼の性分で、そうもいかない。パソコンを引っ張り出し、蓮の葉っぱにとまった蛙みたいに、40センチ四方の板に座り込んで、このレターを書き出した。

 作業の予定は、明日(金)、明後日(土)で内部のグラスファイバーと木工工事。その間、私は、明日、銀行へ行ってAlanへの支払い分を引き出し、明後日は船底塗装をする。月曜日は、全体の仕上げで、火曜日には、艇を水面に降ろす。船を浮かべてから、先日立てたマストのリギン調整。そして、午後はエンジンの冷却系統をエンジニアに見てもらう。ラジエターの水が、たちまち空になってしまう。どこかが漏っているらしいが、私には分らない。それに、ラジエターが異常に汚れているので、フラッシングが必要のようだ。他には、ブームの位置を30センチ高くする。これは、前から気になっていたことだが、最近の事故続きで、次はブームパンチで頭を直撃するかも知れない。事故の可能性は早めに芽を摘んでおいた方がいい。これに伴って、メインセールの手直しが生ずるかも知れない。

 船底のトラブルを理由に、AUS滞在の延長はどうも難かしいようだ。不可能ではないだろうが、手続きが恐ろしく厄介だ。それに、来シーズンに今の気力を維持出来るという保証はない。むしろ、この苦しみばかりのシングルハンド航海に、嫌気がさす方の可能性が高い。本当に厭になったら止めればいいことだが、それなら、出来るだけ先へ進んでおきたいと思う。こういうメンタルな部分がなければ、極度の汚れ仕事を、こんなに慌しく進めなくてもいいものを、今は一日も無駄に出来ない。もうすぐ、南東風が北東風に変わる。そうすると、Cairnsから北へ進むことが本当に大変になる。そもそも、MooloolabaからCairnsの航行は、大変といっても、Cairnsから木曜島の航海に比べたら楽なものだった。その大変な方のレグをもう一回繰り返すことは、正直にいって、避けられるものなら、何としても避けたいとさえ思う。

 今日も、真冬というのに33℃。グラスファイバーの作業に、高温は好都合だが、作業をする方は汗だく。そこへ、お餅にきな粉をまぶすみたいに、ガラス繊維の粉塵が付着する。それに、塗装の準備で、サンドペーパーで船底をサンディングすると、貝や海草が付かないように毒性を含んだ塗料の真っ黒い塵が、歯と目と爪が白く際立って見えるほど、顔も手足も真っ黒にする。やれやれ・・・。

9月5日(火)/晴れ・32℃・北の風8Kn/fine

 金曜日、キャビン内の船底工事を完了した。明日からは、木工工事になる。床板もテーブルもなく、居住空間とはいい難い。

 土曜日、私が船底塗料を塗り終わったところに、金曜島在泊の松浦氏が応援に来てくれた。ところが、職人のAlanが来ない。木工を進めてくれなくては、松浦氏が来ても居場所もない。夕方まで待って、遂に待ちぼうけ。

 しょうがないから、部分的に床板を敷き、畳に座るみたいに座って話しに興じる。飯も、床に新聞紙を敷いて、"日本人は、胡坐で飯を食うのが楽でいい"と負け惜しみみたいなことをいいながら食べた。

 日曜日は勿論、仕事はしない。ヤードも、今日ばかりは電動工具の音がない。やることもないから、松浦氏と街へ出てみる。別に買う物がある訳でもなく、夕方には、またタクシーで帰還。

 月曜日。何と、今日も待ちぼうけ。松浦氏と、航海について、いろんな感想を述べ合う。彼も、単独航海には、深刻な疑問を持っている。彼がMooloolabaを出た時は、42フィートの【夢丸】(沢氏ご夫妻)といっしょだった。かたや、松浦氏は30フィートの小艇に一人。そのハンディキャップは絶大だった。先ず、スピードが違う。船速は、その長さに比例するから、松浦氏がどんなに頑張っても、どんどん遅れてしまう。しかも、向うは二人。片方が疲れれば、交代する人がいる。

 息せき切って木曜島までは行ったが、遂に諦めた。何で、こんな苦しい思いをしなくてはならないのか?沢氏ご夫妻に別れ、金曜島でパール・プランテーションを営む高見氏に招かれ、金曜島のベイで一ヶ月ばかりが過ぎた。禅は、航海を断念する気配だし、どうしたものか?先ず、この30フィートの艇を売却し、アメリカ東海岸へでも行って、35フィートほどのヨットを買う。その上で、要すればクルーを乗せて航海を再開する・・・・そんな構想を練っていたのだそうだ。

 禅が北上を開始したという情報が無線で入った。ならば、地中海までいっしょに行って、ヨーロッパで艇を替えてもいい。AUSは、艇を売却した場合、外国船籍の船には35%の輸入税がかかる。物価が安い分、船価も安い。加えて輸入税では、損耗が大き過ぎる。

 一方、禅のzen(私)は、バイオリズムが下降線を辿ってか、体調、気力共に最悪。ここ数日、発作が起きる前の兆候を呈していた。今、張り切って航海に飛び出す力はなかった。「再度、北上するかどうか、現状では白紙だ。若し、今季、北上をしなければ、関税法の関係で、輸入税を払って禅をAUS船籍に切り替えるか、さもなければ売却するしか選択肢がない。この拷問のような一人の航海に、正直なところ、もう何の情熱も湧かない・・・・」

 無理することないよ。どの道、道楽でやっていることなんだから。道楽で命かけて苦しむ必要なんか、どこにもない。気楽に考えて、zenさんの納得いく方に決めればいいじゃない・・・・と、松浦氏はいってくれた。そして、翌火曜日の松浦氏の帰還と、さらに、二週間繰り上げて私の64歳の誕生日を併せ、お別れ誕生日ディナーを催してくれた。

 今日5日、6時半、松浦氏はタクシーで空港へ向かった。また会うことがあるかどうか。もう、そんなに先が長い訳でもないから、お互いに、悔いのない選択をしよう、といって握手を交わした。

 7時半、Alanが来た。金曜の夜から、ひどい頭痛だったそうだ。FRPの粉塵とエポキシのガスをまともに吸って作業しているのだから、いかにタフな彼らといえども故障は当然の結果だ。気をつけた方がいいよ、というと、もう大丈夫だといって木工に取り掛かった。夕方までに、ほぼ完了。禅をトラベルリフトに吊り上げ、キールの底の部分をエポキシパテでカバーして今日の作業は終了。私は、それが乾燥する夜9時、キールの下部をサンディングし、懐中電灯で明かりをとって船底塗料を塗った。  明朝7時に、禅を水面へ降ろす。

9月9日(土)/晴れ、時々曇・30℃・南の風10Kn/Fine

 今度はエンジンだ。ヨットは故障の宝庫みたいだ。ちょっと探せば、トラブルは幾らでも出てくる。

 私の艇のエンジンは、ヤンマーの3GM30Fという型。これは、間接冷却といって、エンジンを冷やすオイルを真水が冷やし、その真水を海水が冷やすというものだ。

 最近、航行中に時々オーバーヒートのアラームが鳴る。ラジエターを見ると真水が恐ろしく減っている。薬缶に一杯注ぎ足して、再スタート。そんなことを繰り返していた。しかし、今後のことを考えると(航海の継続の可否にかかわらず)、直すべきは今しかない。多分、シリンダーヘッドのガスケットに損傷があり、真水がシリンダーへ漏れているのではないか?(と、周囲の人が教えてくれた)

 エンジニアを呼び、状況を説明すると、多分ガスケットが原因だろうという。6日の朝、禅を水面に降ろし、バースにつけて間もなく、エンジニアのレオが来た。たちまちエンジンをばらばらにして、ガスケットの損傷を確認した。それにしても、これだけばらしてしまって、ちゃんと元通りになるのかと心配でしょうがない。私など、何かをばらして修理をし、元通りに組み立てると、ビスの1、2本は残る。それをレオにいうと、ただ笑っていたが。ガスケットはシドニーへ発注するのだそうだ。到着まで3、4日。その間、エンジンはばらけたまま床の上だ。

 今日、ガスケットが到着した。真水が通る細管を束ねた冷却機構はレオが持ち帰って洗浄していた。ひどい油汚れだったそうだ。これでは冷却の役は果たさないといっていた。

 早速組み立てが始まった。午後2時には組み立てが完了。エンジンは快調に回った。明日、日中も数時間駆動して、修理が完全かどうかを確認する。

 一方、木工のAlanは、エンジニアが来ているせいか全然顔を見せない。ヤードを探し回ったが、Alanは見つからなかった。仕方がないから、キャビンテーブルの据付、床の軋みなどを、あり合わせの道具でやり繰りして自分でやった。

 後、残るは、マストトップの風速計の回転翼を取り付けること。これは、マストのてっぺんまで、ハリヤードでボースンチェアを誰かに上げてもらわなくてはならない。ボースンチェアには、当然私が乗ることになる。

 今、優勢な高気圧が接近中だ。気圧が高すぎると強風が吹く。注意報が出るほど吹くと、例によって1週間から10日は動きがとれなくなる。しかも、足止めされていると、私のヴィザとクルージングパーミットの期限が逼迫し、さらに、北風(向い風)の日が多くなり、航行が難しくなる。来週、早々に食料や燃料の補給を済ませ、出航のタイミングを計りたい。正に、風任せ、天気任せで、今後の私の方向が決まりそうだ。


以前の手紙

ホーム
Home

Copyright (C) 1997-2018 Zen T. Nishikubo. All rights reserved.