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3月15日(木)/曇・28℃・東の風25Kn/Stormy weather

 昨日は、RonとDorothyのご招待を受け、彼等の家でお別れのディナーを頂きました。本当は、私がMarochdoreにある日本料理店の「祭り」という店へ招待したいと申し出ていたのですが、逆に招待されてしまいました。

 彼等は、明日16日(土)にMooloolabaを出発します。真っ直ぐPerthへ行くのかと思ったら、何と、キャンパー(三菱の4WDにキャンプ用のワゴンを牽引して)で、一ヶ月かけて中央オーストラリアをキャンプしながら西オーストラリアのPerthへ行くのだそうです。それにしても、凄いバイタリティーです。

 彼等は、これから向かう6000キロにも及ぶ道程を地図を広げて楽しげに説明します。「この辺りは、アボリジニが20人、白人が10人しか住んでいない小さな村があるだけで、後はどこまでも砂漠なんだ。そしてここから南へ下ってサザンオーシャンの海岸沿いに走る。切り立った奇岩ばかりの景色だけど、夕日が沈む情景は、もう壮絶といっても過言じゃない。恐らく、世界一の夕日が見られる・・・・」と、熱っぽい説明が続きます。挙句の果て、一階のガレージへ私を案内しキャンパーを見せてくれました。キャンパーには何もかもが揃っていて、確かに生活には困らないようです。ワゴンを開くと、3畳間ほどのテントの部屋がさらに2つ出来ますし、完全なサイズのWベッドまで組み立てられます。

「それで、Perthに着いたら、どのくらいそこに住むの?」と尋ねると、

「一ヶ月後には、また西海岸沿いの道を北上して、やはりキャンプしながらノーザンテリトリー(北オーストラリアの州)を横断してCairnsへ出て、7月か8月にはMooloolabaに立ち寄ることになる」といいます。いやはや、何という行動力!

 ディナーはDorothyの心のこもった料理でした。マックローのステーキはローズマリーの仄かな香りが素敵でした。他に、ズッキーニにコーンやマッシュルーム、キャロットなどをクリーム煮したのを盛り付けオーブンで焼き上げたもの。そして、中央を少々繰り抜いたポテトにスピナッチ(ほうれん草)の茹でたのを詰め、バターソースをかけたもの。デザートは焼き立てのプディングに冷たいアイスクリームを載せたケーキとコーヒー・・・。

 楽しいお話と素敵な料理に、すっかり夜の更けるのも忘れて寛いでしまいました。それでも、やがてはお別れの時間。Dorothyとは、今までは握手しかしていませんが、この時ばかりは、しっかりとハグして、頬に心を込めたキスをしてお別れを告げました。

 出発は明日ですが、勿論、Ronとも既にお別れの挨拶を交わしているので、見送りには行きません。彼等も、用意が整ったところで時間に拘束されず出発するでしょうし、互いに、別れの場面は苦手です。ただ、陰ながら彼等の安全と素敵な旅を祈ることにします。

 今日もひどい天気です。もう、かれこれ一週間以上もこんな天気が続いています。でも、予報では(いつもハズレばかりですが)、明日は“Mostly fine”といっています。

3月17日(土)/快晴・30℃・北東の風10Kn/Very fine

 やっと好い天気になりました。今回の悪天候も随分永かったと思います。

 一昨日(15日)の夜11時50分に、ケンちゃんから久しぶりにメールが来ました。ケンちゃんとは、フレンチポリネシアの正にハイライト部分をいっしょに航海した爽やかな青年です。最近は、舵誌で彼の航海記が連載になったので、ご存知の方も多いと思います。

 メールは、ヨット〔唯我独尊〕の片嶋ファミリーへの手紙を回読していただいた返信でしたが、ケンちゃんはまた、5月か6月に、今度はシングルではなくJennyというガールフレンドといっしょにハワイ経由でアメリカへ行くというものでした。また、彼は、このホームページ・レターをいつも観てくれていて、私の悩みにも、いろいろとアドバイスをしてくれました。

 懐かしさと嬉しさで、すぐ返信を送りましたが、送信してからアドレスに気づきました。

“kairen@・・・”となっているのです。ケンちゃんも片嶋ファミリーも、現在のお住まいは鹿児島です。そうすると、kairenといえば、ヨット〔海連・垂乳根〕の今給黎教子さん(単独で太平洋往復横断や無寄港世界一周を達成。多くの国際レースなどで活躍中)です。

 早速、ケンちゃんのアドレスと思って無遠慮にも長いメールを送ったことのお詫びと、ご足労でもそのメールをケンちゃんへお渡しいただきたいというお願い、そして、“若しや、このアドレスは今給黎さんじゃありませんか?”とメールを送信しました。彼女とは、私が日本にいた頃は同じ舵誌の執筆者同士であり、しかも、リポートのテーマがきわどく交差したりしましたが、遂に面識を得る機会はありませんでした。

 何と、16日の午後3時に嬉しくもご返事を頂きました。彼女は日頃このホームページをご覧になっており、ケンちゃんなどに情報を伝えてくださったのは今給黎さんだったとのことでした。従って、私の状況は逐一ご存知で、加えて、長距離航海者同士。海と航海の話はお互いに尽きません。私は、折り返すように返信を送りました。そうすると、17日の午前2時半に“お返事のお返事、ありがとう”というメールです。

 そのメールに対し、律儀な私(本当はただの暇人か話し好きです)が、敬愛する先達である今給黎さんに、更なる返信を差し上げたことは当然です。いろんな状況や友人やお名前だけの知人やインターネットや・・・そうした諸々が絡み合って、何とも愉快なコミュニケーションが出来上がってしまいました。

 今給黎さんは(ご自分で、通称“きゅうり”といっています)、ヨットの実績を生かし、鹿児島市に若者達の立派なコミュニティーを完成させておられます。普通の超ベテランは、ヨットからいささかも離れることなく、独善的な活動をもってよしとされているようですが、今給黎さんのようなこういう社会的寄与もあるんだなァと、彼女にはつくづく感心させられました。しかも、彼女はそれを、心から楽しんでやっているということが、とても素晴らしいことだと思う訳です。

 従って、鹿児島では、今給黎さんの所が若者の集会所になっているらしく、ヨット乗りの性で、何かにつけてパーティーを催すようです。今夜も、若者の一人が就職で東京へ向かうということを肴に騒ぐらしいのですが、その折、みんなで私にメールをくれるそうです。どんなメッセージが乱れ飛ぶか!? 今から、大いに楽しみです。

 それにしても、鹿児島のヨットマン・ヨットウーマンは、緊密で素晴らしいコミュ二ティーを持って幸せですね。しかも、その中心が世界的なヨットウーマンの今給黎さんというのですから、こんなに恵まれたことはありません。こうした若者の中から、きっと素晴らしい次の国際的な航海者が生まれ出ることでしょう。私も、航海を引退したら、こういう所に住みたいなァと心から願っています。うるさい爺と嫌われるかな?

3月21日(水)/晴・曇・雨・32℃・南西の風5〜20Kn/Sticky

 おかしな天気が続いています。今もデッキを打つ雨の音が賑やかです。ただ、気温が高いせいで蒸し暑いのには、少々閉口します。

 今週といったのに、マストの検査はまだ来ません。今給黎さんへのメールにも書いたのですが、今日と明日は同義、今週と来週はイコールという感覚の国では、拡大解釈すると今年と来年は同じ、さらに去年と来年もイコールということになります。つまり、約束とは希望的目安でしかありません。今週といたんだから、まあ、今月中には来るだろうと考えるくらいでなくては神経がもちません。ただ、ガス・ボトルのラックは、その今月中が、さらにもう一ヶ月を要したという事例もありますが。

 今日、ドイツの井口さんから入ったメールによると、安全といわれていたイエメン海域(エイデン湾・Gulf Aden)にも海賊が出没したそうです。英国船籍のカタマランが、ライフルで武装した3艘の船に横付けされ、電子航海計器やカメラなど、貴重品をことごとく奪われたとのこと。人命に被害がおよばなかったというのは、不幸中の幸いでした。

 従来、ソマリア近海は危険とされ、Gulf Aden(エイデン湾)を航行する時も、ソマリアからは十分距離をとり、イエメン側を通るのが一般的でした。そのイエメン側で今回の事故が起こった訳です。

 アフリカ大陸北東端に突き出したソコトラ島とソマリアの間の狭い水路では、このマリーナにも立ち寄ったことのあるヨットが行方不明になったと、先日のBBQパーティーで騒いでいました。

 東南アジアでは、インドネシアのスマトラ近辺が危険とされていました。従って、ヨットはカリマンタン島(ボルネオ島)側を航行していたのですが、今は、カリマンタンでも紛争が起きています。

 また、スリランカ近辺も穏やかではありません。紛争の場合、ヨットに危険はないというのが一般的ですが、何も、好き好んで紛争地帯へ行くこともありません。私の友人のカナダのヨットは、スリランカ近くの島で燃料と水の補給をしようと入港したら、マシンガンの歓迎を受けたと、苦々しい調子でメールをくれました。

 どうも、世界中が苛立って騒然としているようです。一体、何なんでしょうかね?

 イギリスの家畜の伝染病、アフリカの大洪水、数ヶ月前は北イタリアの洪水、先進各国の深刻な経済不況、ますます紛糾するイスラエルとパレスチナの紛争やインドネシアのあちこちで勃発する内紛、また始まった小アジア地区・東ヨーロッパ地域の小規模戦闘・・・挙げつらねたらきりがありません。

 ヨッティたちは、正に、そういう煩わしさをこそ嫌う人種なのに、世界の苛立ちは、そんなヨッティたちを放っておいてはくれないようです。世界中の指導者が、一度、ヨットで長期航海をしてみればいいのです。そうすれば、世界中の普通の人々が、如何に善意で結び合っているかが分ると思うのですがね。

 前章17日に書いたとおり、今給黎さんとのメール交換が始まっています。

18日の夜(正確には19日の未明)のパーティーが終わってから、片嶋ファミリーやケンちゃんから、もう、めろめろに酔っ払ったメールが入りました。

 前にも書いたように、単に、ケンちゃんが今給黎さんのアドレスから私宛にメールを出しただけのことです。少なくとも、ケンちゃんたちにとっては、そういうことです。

 それが、いつの間にか、今給黎さんと私が凄まじい量のメールを交換していようとは、彼らが知るはずもありません。やっかみと意外性と茶化しそれぞれ4分の1ずつ、さらに鹿児島の焼酎の酔いをもう4分の1加えた愉快なメールが飛び込みました。

 中には、「末永くお幸せに!」なんて、結婚式のスピーチみたいなのがあったと思えば、その同じ行に、「あッ、みずき(片嶋さんちの赤ちゃん)ウンチしてるゥー」・・・・・鹿児島のパーティーの騒乱が、そっくり、朝まだきMooloolabaの静まり返ったマリーナになだれ込んで来たようでした。

 現在、今給黎さんとのメール交換は、明け方ひそかに行われています。別に、人目を憚って“ひそか”なのではなく、ただ、この時間帯が双方とも通話料がタダということです。

さらに、双方とも他の追従を許さぬほどの宵っ張りです。夕べ(22日〜23日未明にかけて)は、宵から始まって、“おやすみなさい”のファイナル・コールが午前4時半。交換したメールの数は、多分(もう、確かなところは不明です)13組。合計26通以上のジョークと駄洒落のメールがAUとJPNの間を飛び交った訳です。

 でも、彼女のメールが如何にジョークに充ちていようとも、その底には、海を知り尽くした者の朗らかさと謙虚さが潜んでいます。そして、至るところで私を気遣って、励ましてくれます。楽しくて、とても心優しいメルトモ(e-mail friend)です。

 今給黎さん、昨夜は、ちょっと私の分が悪かったけど、今夜はどっちが先にぶっ倒れるか、勝負といきましょう!!!

Zen/西久保 隆


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