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4月3日(火)/曇・26℃・東の風20Kn/Unstable

 メカ二ックと、工具を貸し借りしながら、心臓のリペアをしている夢をみていました。随分永く、何かとても疲れる夢で、しきりと早くこの夢が終わるように願っていたと思います。

 メカニックが工具を放り出し“こりゃ、だめだ”といいました。その言葉に私は吃驚し、そこで目が醒めました。全身に汗をかいていて、非常に胸苦しく、私はベッドを出ました。

 午前4時半でした。カップに冷たくなったカモミール・ティーが残っていたので、それを口に含み、飲み込んだ直後に4回目のHeart Attack,狭心症の発作が起こりました。それは、去年の航海で経験した発作に比べたら、ほとんど発作の予兆といえるほど微弱なものでしたが、胸を締めつける苦しみは、私をたじろがせるに十分でした。

 船暮らしで便利なことは、手を伸ばせば何でも届くことです。床に蹲ったまま、薬類が入った引出しからニトロを取り出し、口腔にスプレイしました。

 やっと立ち上がれるようになって、ベッドに戻りました。横臥していると次第に楽になってきて、10時過ぎまで眠りました。

 お昼頃、Lyleに電話して、車で何処かの病院へ連れて行って欲しいと頼みました。ところが、彼の車は今、友人に貸してしまって、この近辺にはありません。Lyleは、救急車を呼んではどうかといいましたが、現在は全く正常・健康体にみえるのに救急車でもなかろうと、それを断りました。それでは、誰か車を貸してくれる人を探すから待ってくれということで、結局、病院へ行ったのが夕方5時過ぎでした。

 それでも、Emergency(緊急扱い)にしてくれたので、すぐ診療が受けられました。問診、聴診、血液検査、心電図、X−Ray写真・・・いつもの1時間以上を要するコースです。案の定、どこにも異常がないとの結論でした。Doctorは、発作の直接の動機は、恐らく悪い歯車同士が瞬間的に噛み合ったというようなものだろうから、12時間を超えた今では、原因となるものの発見は不可能だといいます。

 そのような診断結果を告げるDoctorに、Lyleが、“Zenは今、ワールド・クルーズに出航しようとしているのだが・・・”と、いいました。ドクターは、Lyleの話を遮って、

“It's so wonderful!”(そいつは素晴らしい!/反語で、“何をバカなことをいっている”の意)と、いいました。“私は、あなたの検査を受け持った医師で、主治医ではない。もしも私があなたの主治医で、ワールド・クルーズへ出掛けるがどうかとあなたが尋ねられたら、即座に,NO!というだろうね。他のことはいわない。ただ、NO!だ。”

 今日一日、Lyleには、またすっかりお世話になりました。ヨットに寄ってくれといってもどうせ聞いてくれないので、いっしょにヨットクラブへ行き、彼にお礼をいうと共に、簡単な料理とボトルのワインを一本ご馳走しました。

 食事中、二人とも、ほとんど今日の出来事には触れません。かつて彼が世話してくれたMobile phoneの調子や、コンピュータとインターネットなんかの話などが話題の中心でした。ただ一度、Lyleが、“どういうものかなァ、無事に行けるのかなァー・・・”といっただけでした。やれやれ、またもや新たな難題です。

4月6日(金)/曇・晴・26℃・南東の風15〜30Kn/Unstable

 穏やかな日差しに油断していると、たちまち黒い雲が空を覆い、暴力的な雨と風をもたらします。全く、移り気な天気です。

 先日より、Lyleの親身のアドヴァイスもあり、若し、マストの検査の結果、はっきりとしたマイナス要因が出てきたら、躊躇なく航海の中止を決断しようと心に決めていました。

 この決心には、同時に、鹿児島のメルトモ、今給黎さんのアドヴァイスが非常に大きく作用していました。彼女の場合、単に健康=決行、非健康=中止ということではなく、航海者としての抜き差しならない心理を踏まえての忠告ですし、近くには、航海の中断を余儀なくされ、ためにひと時、自分の存在そのものに大きな疑義を抱いて苦しみ抜いたケンちゃんという実例も見ています。見ているという表現は不十分ですね。ケンちゃんといっしょに苦しんだといった方が妥当かも知れません。

 彼女の場合、マストの損傷はそれほど重視してはいません。ヨットとは、全る状況に完璧ということはないもので、その問題点をかばいながら航海を組み立ててゆくのも、セーラーの腕前のうちという見解です。今給黎さんは、かつてメルボルン―大阪レースでは、亀裂が入ったマストで完走した経験もあります。そうした実績を背景にしたアドヴァイスなのです。

 昨夜、マストの業者が今日くるであろう電話を、Timから得ていました。

 そして、今日、午後、Timに案内されてマスト屋のPete(ピート)が来ました。

 どんな機械で検査をするのか興味がありましたが、Peteが持って来たのは、直径10cmほどの硬質ゴムの板が先っぽについた聴診器みたいなものと、魚群探知機のようなディスプレィ、そしてプリンターの組み合わせでした。X‐rayを使った検査はしないのかと尋ねると、私のマストの状況では、この超音波の方が適切だということです。ただ、今日のように時折猛烈な強風が吹く時は、マストの震動が混じって、検査を難しくするそうです。

 Peteは、はじめ、マスト基部からグースネック辺りに硬質ゴムのプレートを当て、電源を入れ、聴診器で聞きながらディスプレィを見て、“深刻な状況じゃないね”といいました。私は、グースネックの辺りがいちばんヤバイと思っていたので、思わず飛び上がって喜びました。

 次に、コードを伸ばし、プリンターのスイッチを入れ、ボースンチェアーに乗って、マストの高い部分の検査です。私とTimがウインチを回し、Peteが少しずつ登って行きます。ロアー・スプレッダーにきた時、Peteが止めろ!と叫びました。そして、Timに、ディスプレィはどんな具合だ?と尋ねました。強い風が吹いていたので、画面はノイズで白い絣のような模様で埋まっていて、私には何も分りません。そのうちに、風が止むと、濃度の違う不規則なパターンが現れました。Timは、Peteに向かって、もっと動かしてみろ!と叫びました。Peteがゴムのプレートを上下左右に動かすと、画面が均一になったり、濃淡の異なるパターンになったりします。TimとPeteが早口に何かを叫び合っています。

 マストの動揺が激しく、アッパースプレッダーの少し下、ランニングライトの部分を調べた後は、作業は中止となりました。

 結果からいうと、マスト基部、グースネック部の電蝕は、今すぐには特に問題はない。しかし、ロァ・スプレッダー付近は、マストの肉の3分の1以上が電蝕で組織崩壊している。さらに、ランニングライトの辺りにも少し電蝕があるが、ロァ・スプレッダー部にあれだけの電蝕があれば、ここの組織崩壊は問題にならない、ということです。

 私は、それらのトラブルは、マストの交換をすぐにも必要とするものか?と尋ねました。Peteは、顔をしかめ、首をすくめて、ウ〜ンとうなっています。それから、“運だろうね”といいました。“どういうこと?もっと詳しく説明してくれ”というと、

「マストのアルミが3分の1以上も喰われいれば、ワイルドジャイブやランニング・バックスティの当て違いでも、爪楊枝(toothpick)ほどに簡単にマストは折れる。しかし、不当な力を与えなければ、そして、そういう場面に巡り合わないという幸運に恵まれれば、マストはまだ、数年は立っているだろうね。まあ、こんなボミー (爆弾)を抱えて、ワールド・クルーズをするのは、物凄く辛いだろうし、恐ろしく精神的ストレスが掛かることだから、常識的にいって、そしてボクならマストを換えるよ。何故って、マストの倒壊は、過酷な海況で起こる可能性が大きい。万が一、禅がサイクロンに巻き込まれたら、100%、船も人も助からないと思うからね。でも、ラッキーなら、このままで地球を3度だって回れるかも知れない・・・」

 さてさて、これでは、“振り出しへ戻る”というものです。

 私は、検査を受ければ、マストを換えなければならないか、それとも、換える必要がないかがハッキリすると期待していたのです。ところが、“運が良いけりゃァ”です。電蝕の深さと場所が特定出来たことは確かですが、これでは通常のクルーズの時と何も変わりません。いつだって、航海の半分は運で成り立っているものなのですから。

 午後3時過ぎに検査の結果を得て、既に5時間が経過しました。晩飯も食べず、考えに考え抜いています。

 でも、最初の考えでいえば、マストに不安材料があったら航海を断念するということでしたから、ここで航海を中止し、艇を売却するというシナリオが妥当なのではないかと、今、思っているところです。今給黎さんやサポートも方々にもこの結果をお知らせして、意見を求めるつもりです。

4月7日(土)/曇・晴・26℃・北東の風25Kn/Unstable

 もともと相談なんてものは、自分の考えの確認みたいなものです。

 前章でも申し上げた通り、マストに疑問があれば、躊躇なく航海中止と考えていたのですから、いってみれば、相談とは、その意向にご賛同いただけますか?というに等しい訳です。そして、今給黎さんやサポート・グループの方々から、温かいご返事を頂戴しました。

 みなさん、私の健康が第一、ヨットはいつでも再開できるという趣旨のお便りを下さいました。ここでちょっと、今給黎さんのお便りを紹介します。

『数時間もの間、ぜんさんいろいろ考えてたんですね。今、メール全部読みました。

ぜんさんの決断は大変なものだろうけど、それがぜんさんの身体、「禅」etc.に とって良いのでは?いいじゃないですか!また「new禅」を手に入れて、心配をなくしてからでも・・・。 80歳まであと十数年。はああ、凄い時間だ!これで人生終わる訳じゃなし、それにヨットの航海しか自分を 見出せないというぜんさんでもないでしょう?!ぜんさんにしか出来ない事、いっぱい、いっぱいあるはずです。』

 彼女のメールは、いつもこんな風にカラリとしています。大した事でもないのに、くよくよ考えているのが、何か恥ずかしくなるようなサッパリした文章です。それに、文意は常に前を向いています。それは、今給黎さんの個性なのでしょうが、彼女のそうした能動的な考え方に、30歳も年齢を隔てた私は、常に敬意を払っています。

 心おきなく、航海の中止を決意します。永い間、暖かなご支援をいただいたことに、深甚なる感謝を申し上げます。

 さて、これからは、禅をどうするか。売却処分か、それとも、誰か、私が賛同できる航海を、これから始めようという方にお貸しするか・・・。ちょっと訳ありで、日本へ持って帰る意思はありません。

 そして、私は?これがいちばんの難題です。

 どこぞの片田舎に庵を構え、書や絵画や文学に明け暮れる傍ら、禅の修業を再開するか・・・。これでも、私は、「寒隆」という居士号を持つれっきとした禅の修行者です。

 今給黎さんにそれをいったら、“作務衣に袈裟掛けて、昔バーテンダーやった経験でシェーカーでも振ったら、鹿児島でおお受けするよ”と、喝采を得ました。

 まあ、冗談はさておき、まだ当分はAUSTRALIA/Mooloolabaにおります。いろいろと珍しい話、面白い話を集めて、この“禅からの手紙”を送り続けたいと思います。今後とも、よろしく。

Zen/西久保 隆


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