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4月30日(月)/曇・雨・25℃・南東の風25Kn/Stormy weather

Sea Breeze

 2週間続いた快晴も、ついに終わりました。

 真夏のように暑過ぎることもなく、空気はカラリと乾燥し、夏には直射が強すぎて枯れてしまった緑も新たな緑を芽生えさせ、生き物もやっと息を吹き返したようでした。

 でも、昨夜から急に気温が下がり、天気の下り坂を予感させましたが、案の定、今朝はどんよりした曇空、そして、午後からは時々冷たい雨です。夕方の今は、もう20℃を割ろうとしています。常日頃、30℃近い気温ですから、20℃といえば寒さを感じます。

 全く、どうしようもなく暇です。退屈ということを知らない私でも、さて、この一日、何をして過ごそうと考えてしまいます。幸いなことに、最近、パソコンで絵を描く楽しみを覚えたので、やることがなくなると、PCを開いて絵を描き出します。

 かつてイラストレーターだった私ですが、PCのドットを繋げて線を描くという技法では、全くの素人と同じ。折角、培ったデッサン力も、あまり用を成しません。しかも、PCに入っているソフトは、当然のことですが初歩的なツールです。色彩のグラデーションや、絵の魅力の一つであるテクチュアなどは、求め得べくもありません。

 このソフトでは、短い直線を繋げて曲線を描き、単純なシルクスクリーンのように平板な色を伏せてゆきます。ですから、画題もそれなりに限定されます。前々回のレターに添えたイラストは、まだ、ソフトの使い方も分からないままに描いたものですから、不向きとは知らず、色彩の微妙なテクチュアが非常に重要な風景画なんかを、わざわざ選んで描いた訳です。

 もう少し練習すると、技法的にも上達し、また、ソフトの使い方も覚えてくると思います。レターには、今後、イラストを添えるようにしたいと思いますが、鑑賞に耐えるものが描けるようになるまで、暫時、下手な絵で我慢して下さい。

 それでも、あまり難しくないソフトを見つけ、今まで航海してきた道筋をたどり、一つ一つ、風景を丹念に描き連ねたいと考えています。今まで掲載してきたレターをベースに、さらに細部を補強して放浪記でも綴れば、そんなイラストが役に立つかも知れませんから。

 実は、先日、Lyleがプロ用のソフトをインストールしてくれました。

 ところが、説明書がありません。そして、Lyle自身、このソフトの使い方を知らないのです。無数の画材と、パレットにはあり余るほどの絵の具がありますが、それらのツールが開けないのです。どうやら、特定のパスワードがあるらしく、Lyleも私もそれを知りません。鉛筆は機能するのですが、直線しか描けないし、描いた線を部分的に消すことも出来ません。このソフトが動いてさえくれれば、恐らく、毎回のレターは、もっと楽しいものになるのに。残念です。

 困ったことに、描き上げた絵をファィルに保存すると、このプロ用のソフトに入ってしまうようで、再度開くと、使えないソフトがベースになっていますから、修正したくても出来ません。前回の「フルートの少年」など、左手の表情が不自然ですし、「花のソナタ」では、グランドピアノの立ち上げた蓋の形が正しくありません。しかし、それらを直そうと思っても、一度保存してしまっては、もう後の祭り。自分の未熟さの証拠を、いつまでも修正出来ずに眺めていなくてはなりません。

5月2日(水)/晴・26℃・北東の風15Kn/Fine

Mooloolaba Canal
ムルラバ・カナルのペリカン

 NZとAUの間の高気圧が、この辺りに影響を及ぼす圏外へ出たらしく、風は北寄りに変わり、いくらか暖かくなりました。空には、貿易風帯のように千切ったような綿雲がまだらに流れ、まるで南太平洋の島々をクルーズした時みたいな天気です。

 キャビンでPCお絵描きばかりしていたのでは、少々運動不足ですし、こんな日にヨットを走らせる楽しみを、まだ忘れた訳でもありません。それに、今日は水曜日。ヨット・クラブのお遊びレースの日です。たくさんのヨットが艤装を始めました。

 こう条件が揃っては、さすがの私もマリーナに燻ってばかりはいられません。

 隣の「PRELUDE」にならってオーニングやセールカバーを外していると、Johnが、

「ZEN、セーリングするのか?」と尋ねます。

「ウン、ちょっとその辺まで、ね」と答えました。

「もし、ZENが差し支えなかったら、ファン・セールの客だけど、二人ほど乗せてやってくれないか?こちらは、ワイフと私の外に五人も乗り手がいるんだ。32フィートに七人は多すぎる」Johnがいいました。

「OK、大したセーリングもしないけど、それでも良ければ、どうぞ」

 ということで、ふらりと出かけるつもりが、客を乗せてのセーリングになりました。

 やがて、どやどやと若者達がやって来ました。男共は、「PRELUDE」の参加するレースの方にご執心で、女性の二人は、静かなセーリングがお望みといいます。「PRELUDE」には、男二人、女一人が、禅には女性二人が乗ることになりました。

 ほとんど準備が終わっていたので、私は、客を乗せるとすぐ出航しました。互いの自己紹介は、パッセージを出てからということで。

 一人は、Joannaという20歳ほどのバヌアツ出身の黒人女性で、クインズランド州立大学の法科の学生でした。もう一人は、Patriciaという40歳くらいの白人女性。通称Pattyです。オーストラリアの内陸部の何とかいう街から旅行で来ているのだそうです。二人とも、同じホリデー・アパートメントに投宿しており、親しくなったといっていました。Joannaは、ものすごく開けっぴろげで、沖へ出て優しい風と温かな太陽を肌に感じると、キャビンへ降りて、私の見ている前で、平気で水着に着替えました。

 一方、Pattyは消極的で、コックピットにカジュアルなドレスを着たまま静かに坐っています。東洋人のヨットで気に入らないのかな?と勘ぐってみましたが、そうでもなさそうです。時々、手を口に当て生あくびをしています。

「Patty、船酔いしたのかな?もし、気分が優れなかったら、暫くキャビンで横になったらいいよ」私がそういうと、彼女は、すぐにキャビンのバースで横になりました。

 水着に着替えたJoannaの方は、今にも、走っているヨットから飛び込んで泳ぎ出さんばかりに活発です。そんな彼女を宥めすかし、暫くはコックピットに坐らせていましたが、

「Zen、どこかでヨットを停めて泳げないかしら?」といい出しました。

 暫く使っていなかったウインドベーンのテストを兼ねて、風のままに沖へ走っているだけですから、アンカーを入れるような場所を想定してはいません。それでも、10NMも走った頃、前方に白波が見えてきました。時化の時など、よく沖にあるそのリーフに白波が立っていたのを思い出しました。周辺がどういう状況になっているのか、全く知りませんが、とにかく、近寄れるところまで接近することにしました。

 そうすると、遠くからモーター・ボートのエンジン音が聞こえてきました。瞬く間に禅の近くへ来て、アンカーを放り込むと、ダイバー達が次々に飛び込んでゆきます。私は、禅をその近くへ寄せました。水深は6メートルです。躊躇うことなく私もアンカーを入れました。Joannaは、もう、スターンのスイミング・ラダーを降ろしています。

「シャークがいるかも知れないから気をつけて!」という私の注意もそこそこに、彼女はもう海面にジャンプしていました。まあ、近くに、ダイビング・ツアーの人たちが十人近くもいるので心配はありません。

 一方、キャビンを覗くと、Pattyが見えません。トイレかな、と思っていると、何と、彼女も水着に着替えてトイレから出てきました。

「Zen、一眠りしたら、気分がすっかり良くなったわ」と、さっきとは打って変わった笑顔でした。「良かったね。船酔いは、ほんの少し眠ると治る場合が多いんだ」

「あなたは名医ね」そういって、私の頬にキスをしました。

「私も泳いでくる。あまり泳ぎが上手じゃないから、Zen、よく見ていてね。そして、危なくなったら助けに来て」そういうと、彼女も、ステップ・ラダーを降りて泳ぎ出しました。途中、立ち泳ぎしてこちらを振り返り、「冷たくて、とてもいい気持よ」と叫んでいます。つい二時間前の彼女とは、まるで別人のようです。心なしか年齢も30歳ほどに見えます。


Australian Pelican
Rainbow lorikeet(インコ)

 海の色は、珊瑚礁の風下側特有の薄いピーコックグリーンです。なんだかブルーキュラソーを使ったカクテルのような色。そうだ、彼女等が水から上がってきたら、そういうカクテルを作って上げよう。幸いにも、リキュールもリカーも揃っているし、パイナップルの缶詰もフレッシュなオレンジもある。氷は、一昨日使った残りが、まだ少し冷蔵庫に残っていたはずです。

 女性の水中滞留時間は、男性に比べて驚くほど永いものです。何でも、皮下脂肪が男性とは比べものにならないのだとか。カクテルの準備が終り、チーズとオレンジとハムのオードブルも出来たというのに、彼女達は、さっぱり水から上がる様子もありません。

 私は、首の長いワイングラスに、ホワイトラムをベースに、ブルーキュラソーとグリーンペパーミントをほんの少し、ライムジュースを加えてシェイクし、グラスの縁にパインとオレンジを飾り、砕いた氷をどっさり浮かべた試作品を作りました。それを持ってデッキに出ると、"Joanna, Patty, come up! Cold drinks are waiting for you!"と叫びました。

 ダイバーたちがそれを見つけ、モーター・ボートのキャプテンに、「私たちには、ああいうドリンクはないのか?」と、抗議しています。JoannaとPattyが、大喜びで戻ってきます。全身から海水を滴らせてコックピットに坐ると、私は、それぞれのバスタオルを放って上げ、カクテル作りに掛りました。

 彼女達は、濡れた体を拭き終わると、寒いといって通常の服に着替えました。Pattyはトイレットへ、そして、Joannaは私の目の前で。よく引き締まって唖然とするほど素晴らしいプロポーションです。褐色の背中や腰が光り輝いているようで、私には眩しいばかりでした。

「男性の目の前で、素っ裸になって着替えるのって、恥ずかしくない?」と私が尋ねると、

「何故?どうして?私は、少しも恥ずかしくないョ。Zenが恥ずかしいんだネ」といって、アハハと笑い、つま先でクルリと体を一回転させます。いや、見事な大らかさです。

 やがて、コックピットでは、珊瑚礁に因んだ即席レシピのカクテル・パーティーが始まりました。しきりとモーター・ボートからやっかみの声が聞こえます。JoannaとPattyが、南海の珊瑚礁色のグラスを掲げ、その声に答えています。

 はるか岸側では、レースが終盤にかかっているようです。小さなセールやスピンネーカーが、陸を背景にした水平線に見え隠れしています。

 午後2時。今から帰港に掛ると、着岸して4時半過ぎになります。Pattyが手伝って重いアンカーチェーンを手繰り上げ、セールを上げました。アビームやや後方の15Knの風です。艇速4.5Kn。ちょっとノイジィーだけど、エンジンを回して6Knにしました。

 キャビンを覗くと、カクテルを飲み終わったJoannaが、大らかにバースにひっくり返って眠っています。Pattyが、まだ、子供なのね、といってくすっと笑いました。

 マリーナに着くと、丁度、「PRELUDE」が帰ってきたところです。舫いを取り終わると、それぞれが今日のセーリングの興奮を口々に語ります。セールをたたみ、オーニングをかけている時、パラパラと通り雨が降り出しました。しかし、とても清々しくハッピーな雨のように感じるのは、今日のセーリングが充実していたからなのでしょうか。

5月7日(月・祝)/晴・22℃・南西の風20Kn/Almost fine

Coral Island 3
Coral Island 4
Coral Island 7

 寒くなりました。昨日からは、短パン・Tシャツを止め、Gパンと長袖ラガーです。それでも寒くて、昨夜など、PCに向かっている時はひざ掛けを使っています。

 昨夜から、“Illusion”というヨットとコーストガードのVHF(無線)の交信が絶えません。

 Illusionは、昨夜遅く、ここの南、カルゥンドラという所を出て,ついさっきMooloolabaに到着しました。私の近くのバースに入ったので、着岸を手伝い、舫いを取って上げました。

 しきりにVHFで交信していたけど、どうしたの?と尋ねると、エンジン故障を含め、いろいろなダメージがあるため、予めコーストガードにその旨を報告してから出航したのだそうです。そうしたら、日中ならともかく、昨夜(今日未明)から30分おきに、現在のポジションはどこか?状態はどうか、航行に支障はないか?と尋ねてくれ、マリーナの手配までしてくれたとのことです。Illusionのカップルも、これにはすっかり感謝、感激していました。

 彼等は、DanとMaggyというアメリカ人で、去年の秋、New ZealandからSydneyへ来たそうです。そして、今年のこのシーズンは、北上して北太平洋に出て、来年、日本にも立ち寄り、アメリカへ戻る予定といっていました。

 彼等のボートは、どう見てもきれいなボートではなく、Danが5年掛りで自作したという32フィートの鉄船です。キャビンの中も、かなり乱雑で、どこにでも故障が潜んでいそうでした。彼等は、ここのヤードに上架して、Illusionを徹底的に修理するんだといっていました。

 Danがお茶でも飲んで行けというので、入港して間もないのに忙しいだろうと遠慮する私を、Maggyが手を引くようにキャビンへ招き入れました。

 Danの話では、3年前にロサンジェルスを出て、メキシコに立ち寄り、フレンチポリネシア、サモア、トンガ、フィジーを経て、ニュージーランドへ行ったそうです。私が通って来たコースとほぼ似ているので、ついつい話が盛り上がってしまいました。

 Maggyは、ツアモツ環礁とフィジーのマロロ諸島、そして、ヤサワ諸島が素晴らしかったといいます。

「私たち、あまり写真って撮らないんだけど、でも、生の絵の具みたいに真っ青な海に浮かぶ真っ白いビーチ、僅かな緑とほんの2、3本のココナツの木がコミックに突き立ったモツ(リーフが形成する小島)は夢のようだった。今でも、私の心の記憶にしっかり焼きついているわ」といい、二人は優しい視線を交わし頷き合います。

「そうなんだ、Maggy。夢のように浮かぶモツという表現がぴったりだ。これは、見たことのある人でなければ、この意味が理解出来ないよネ」と、私が共鳴します。何だか、ついさっき、その景色を見てきたみたいに、みんなが興奮して話し始め、そろそろ夕方というのに、話が絶えません。私は、写真のアルバムがあるから、今度持ってくるよというと、

「Zen、ありがとう。でもネ、イメージのままでいた方が、想い出が生きていると思うのよ。だから、アルバムは見ないわ」と、Maggyがいいました。

 それには、私も心から共感できます。どんな風景でも、見た時、見た人によって、その情景は固有のものです。同じモツを見たからといって、誰もが同じイメージを持っているなんてことは、絶対にありません。或る瞬間に息が止まるほど美しいと感動し、その瞬間を、一枚の絵のように切り取って心に収めたそれは、その人だけの風景であり、宝なのです。

 私は、急いで禅へ戻ると、PCで、今の話の“夢のように浮かぶモツ”を、やっと少しだけ動くようになったプロ用ソフトを使って描いてみました。太い周辺が呆けた画材しか使えないのですが、却ってそれが、夢のような状況を描き得ていると自画自賛しています。このページに掲載したのがそれです。非現実的に見えるかも知れませんが、本当にこんなふうなんですよ。納得出来ない方は、一度、ヨットで行ってみて、確かめて来て下さい。

5月10日(木)/快晴・23℃・南東の風20Kn/Fine

Ocean Race

 外国を旅して、本当に要りそうで要らないものは、旅行保険と日本大使・領事館です。まあ、大きな事故にでもなれば、それぞれ相応の働きをするのでしょうが、日常、これほど役に立たないものも、ちょっと他にはありません。

 特に、領事館は、前にケアンズにおいての経験も書きましたが、役に立たないのに加え、実に不快です。外国で、外国人と日頃フレンドリーに過ごしていて、そのフィーリングで領事館を訪ねるか、または電話してごらんなさい。十中八九、失望と不快感を味わいます。

 それは、話がもつれたり、激しく口論したりという不快感ではなく、なんの役にも立たない、或いは、何ら役に立とうとはしない態度なのです。まだ、問題の核心に触れて、議論してくれるなら納得もします。しかし、暖簾に腕押し・・・何かに困惑して尋ねたことが、今までに、領事館に尋ねて軽快したことは、全く一度もありません。

 言葉遣いこそ丁寧です。正に慇懃無礼そのものです。どういう教育をすれば、あんなふうに無能な応対が出来るようになるのか、不思議にさえ感じます。

 問題は、何も複雑なものではありません。

 この度、私は、所用でハワイへ行くことになりました。旅行代理店でチケットを買うと、ヴィザの用意は?と尋ねられました。日本とアメリカはヴィザ・フリーなんだ、と答えると、念の為、一応確認してみては?といわれました。まあ、ホノルルに着いて、入国できなかったなんてことになったら大変ですから、不要とは思いましたが、一応、キャンベラのアメリカ大使館へ電話をしました。ところが、ビズィーで繋がりません。やっと繋がったとおもったら、用件を述べよ、後ほどFAXで返答するといいます。私はFAXを持っていませんから、再度アクセスを試みましたが、やっぱり電話は繋がりません。

 一計を案じ、日米間のことだから、日本領事館でも同等の見識を持っているはずと考え、ブリスベンの日本領事館へ電話をした訳です。電話に出たのは、女性のオフィサーでした。

「オーストラリアに滞在中の日本人で、西久保といいます。この度、所用でハワイへ行くことになったのですが、日本人として、入国にヴィザは必要でしょうか?」

「さァー、アメリカ大使館に聞いてみてください。電話は〇〇〇〇・・・・・」

「いえ、何度も掛けたのですが繋がらないんですよ。日米間のことですから、そちらでも分かりますよね?」

「えー、そうなんですがねェー、その電話が繋がらないのなら、別の番号が△△△△です。そちらへ掛けてみては・・・」

「それも既に試みました。FAXで返答するから、質問をアンサーフォンに吹き込めというんです。私は、FAX持っていませんから、返答を受け取ることが出来ないんですよ。お答えは、特殊なケースではなく一般論でいいんです。日本人がアメリカへ行く場合、短期間であれば、ヴィザの必要はないんですよね?」

「えェー、それは、アメリカ大使館に電話を・・・・・・・・・」

「ありがとう。時間をとらせて申し訳ありませんでした。外国を旅行する日本人が最も期待して、そして最も役に立たないのが日本領事館ですね」

 私は、捨て台詞を残して電話を切りました。質問は、オーストラリアなど他の国とアメリカ間のことではなく、日本とアメリカの間のことです。日本領事館に、その一般論としての見識がないはずがありません。ひどいフラストレーションです。

 しかし、こんなことってあるでしょうか?外国で困った時、手を差し延べることも彼等、彼女等の仕事ではないのでしょうか?それを、迂闊なことをいって、下手な責任は負いたくないといわんばかりの対応しかしてくれません。会話を読み返して見て下さい。彼女がいったことで、僅かに実体を持つものは電話番号だけ。しかも、その番号は、既に私が何度も掛けて繋がらなかったものなのです。

 前に、発展途上国はオフィサーが特権意識を以って入国者に接すると書きましたが、それだって、これほど無意味な応答はしません。途上国の場合、言葉は乱暴で、何か犯罪を隠していないかというような態度があからさまで不快ですが、それでも、問題が何であるかを理解し、そのことについて話をする積極性があります。しかし、日本領事館の場合、問題点がなんであるか、なまじそれを理解すると、自分が責任を背負い込むことになるといわぬばかりです。ですから、問題点を大きく迂回することになります。こういう態度ほど頭にくることって他にはありません。何だか、祖国に、じわじわと、言葉だけは丁寧に疎外されているような孤立感を味合わされます。一体、何のために、外国の都市に、巨額の国費をかけて領事館と大勢の無能な職員なんか置くんでしょうかね?

 さて、私のハワイ行きですが、このマリーナに、ホノルルにもう一艘ヨットを持っている人がいます。そのヨットを売りに出したら、買い手がついて、それが日本人なのだそうです。向うは、英語がほとんどダメなので、私が同行し、通訳と契約時の立会いをしてもらいたいといいます。航空運賃は自前ですが、ホノルルの滞在費一切は彼が負担するといいます。西洋人のつましさで、贅沢なんか考えられませんが、まあ、通訳と契約時の立会いの日当分ですから、大した期待もしていません。それ以外の時間は観光に当てます。私はまだ、ハワイを知らないので楽しみにしています。

 出発は22日午後3時。同日、早朝4時にホノルル着です。28日0時15分にホノルルを発って、29日、朝6時にブリスベンに戻ります。

Zen/西久保 隆


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