ホーム
Home

5月16日(水)/晴・北の風20Kn・26℃/Mostly fine

Force 10
これは、実際に北太平洋で体験した時のイメージです。恐らくはもっと暗く、もっと波が鋭角だったのですが、絵に描くとこんな具合です。

 少々、ご無沙汰です。これといってすることもないのに、何かと気忙しい毎日です。

 以前にも、ボートを見にきた人のリポートを書いたと思いますが、先日13日の日曜日にも、一風変わったのが来ました。

 ブローカーといっしょに、中年のカップルが来ました。ブローカーや私が説明しても、男はほとんど無関心で、ヨットを見ようともしません。

 一方、女性の方は、こまごまと熱心に内部を点検し、ベッドの広さを測るため、私の許しを得て実際に横になってみたりしています。“幅が、ダブルというには少々狭いんだ。シングル&ハーフというところかな。或る人が、フレンドリーダブルといったョ”と私がいうと、実際の幅を知りたいから、ちょっとZENがここへ来て横になってみてくれといいます。私は笑って“Don't it be!”(そりゃァ、ないよ!)といっても、“早くここに来ていっしょに寝てみて”といってききません。しょうがなく彼女の隣に横になりました。いったとおり、二人が寝るには不十分です。従って、いやでも彼女とピッタリ寄り添うことになります。何かヤバイな、と感じ、私はすぐベッドを出ました。だって、入っては来ないといっても、ドックには、彼女のボーイフレンドがいるのですから。

 その他の部分もいろいろ点検したとはいえ、肝心のヨットを走らせる機能については、ほとんど真剣には見ていません。そして、30分ほどして帰って行きました。

 ヨットを買いたいというにしては、ヘンな客だなという印象だけが残り、名前も顔もすぐに忘れてしまいました。

 それから2時間ほどした頃、ドックで誰かが私を呼んでいます。出てみると、さっきの女性です。ちょっと、折り入って相談があるというので、コックピットへ上がってもらいました。

 彼女の相談とは、ブローカーを外して直接取引きをしたいというものでした。そして、その金額は$62,000といいます。仮に$75,000で売れても、ブローカーフィーを10%引けば$67,500、さらに$70,000なら、手取りが$63,000ですから、そんなに悪い話ではありません。しかも、私がOKなら、明日現金で支払うそうです。

 さらに彼女は、12月まで今の仕事が続くのでブリスベンのアパートメントに住んでいるが、週末やホリディーには、彼女と私が住まいを交換しよう。或いは、私はセーリングが上手ではないので、ZENが毎週コーチしてくれればもっといいともいいます。

 そうこうしている内に、彼女の携帯が鳴り出しました。彼女は、友達が近くまで来ているので、ここへ呼んでもいいか?と尋ねます。特に差し障りもないので、どうぞ、と私が答えました。やがて、コロンビア人の男とオーストラリア人の女性が来て、コックピットで、時ならぬビア・パーティーが始まりました。

 友達が来て気が大きくなったのか、彼女は、何かにつけて私に触れ、時には頬にキスをします。名前を確かめると“Mia”といいます。そして、“私はイタリア人で、ほんとうは、Mariaなんだけど、その名前が好きじゃないの。それでMiaにしたんだ”といいます。私は、“Mariaという名は素敵じゃないか。でも、Miaというのも、とてもチャーミングだよ”というと、

“Thank you ZEN・・・!”といって、また頬にキスです。

 Miaは、友達に、“私が買うボートを見せて上げる”といってキャビンを案内し出しました。オーナーの私がまだ、答えを保留しているというのに・・・。

 夕方になって、少し涼しくなってきたので、みんなキャビンへ移りました。狭いキャビンに四人が入り、しかも360Wの電灯がつくと、かなり暖かくなります。友達のカップルがポート側のソファに腰掛け、Miaと私はスターボ側のソファです。友達カップルは、西洋人が常にそうするように、互いの体に腕を回して腰掛けています。それを見てMiaは、私の肩に腕を回し、ビールを飲んで、とても寛いだ感じでした。暫くすると、Miaが暑いといい出しました。確かに、少しは暑かったかも知れません。ところが、二度目にMiaが暑いね、と行った時には、もうブラウスを脱いでいました。勿論、その下にはベージュのブラジャーだけです。その状態でまた、Miaは、私の体に腕を回し、話の節目ごとに私の頬にキスをします。この開けっぴろげな行為は、イタリア女の陽気さなんだろうか?

 そうしながら、私は、この胡散臭さはなんだろう?と自問していました。そして、今日は答えを保留して、明日、電話ではっきり断ろうと心を決めました。

 だって、そうでしょう。30歳くらいのイタリア女の色香に迷った日本人の年寄りが、詐欺に引っ掛かったなんてことになったら、笑い話にもなりません。そういうみっともなさだけは、何がなんでも避けなくては・・・・。

 翌日指定の時間に電話をしました。しかし、繋がりません。何度かけても、遂にだめでした。そして、昨日(15日)、再度電話をすると、Miaが出ました。

“Mia、きみがとても禅を気に入ってくれたことはよく分かるんだけど、ブローカーに確かめたら、表示した金額で買い取りたいという人が居るそうなんだ。悪いけど、きみに売れないよ”と私がいいました。勿論、現実にそんな話はありません。

“好かったじゃない、ZEN。私はOKよ”

“I'm very sorry, Mia.”

“No problem. それより、今度いつか、週末に遊びに行くからクルージングに連れてってヨ”何ともアッケラカンとした返答に、こちらがまごつくほどです。

 一体、あのセクシーアピールは、何のためだったんだろう?詐欺を目論んだか?それとも、値段をもっと引き下げようという魂胆だったのか?いやいや、値段の交渉ならブラウスまで脱いでアピールしなくても、まず、値引きの可能性について探りを入れてくるのが普通だ。謎のイタリア女。一体、あれは何だったんだ?

5月20日(日)/曇・雨・20℃・南東の風25Kn/Stormy weather

Coral Island 5
Coral Island 6

 昨日から、天気は下り坂。しかも、持病の偏頭痛が激しく、この天気は相当崩れるとみていました。案の定、今朝からはストロングウィンド・ワーニング(強風注意報)です。このベイでは25ノットですが、パッセージを出れば、30〜35ノット(15m/sec.)は吹いていることでしょう。

 気温も低く、もう秋も終り、そろそろ冬という感じがする今日の天気です。

 一昨日もまた、ヘンな客が来ました。東洋人の3人の男たちでした。いろいろヨットの設備を説明しても、全然、話が噛み合いません。やがて分かったことは、彼等はヨットを全く知らないということでした。それでも、オートパイロットを説明すると、レーダーやGPSに連動した自動操舵は出来ないのか?と尋ねます。どうやら、本船か大型の遠洋漁船に乗っている連中と想像出来ます。

 しかし、ヨットでいう潮ッ気の全く感じられない彼等が、どうしてヨットに興味があるのだろうと不思議に思えてきます。世界中の海をヨットで航海しようという計画がある訳でもなし、休日にインショアを優雅にセーリングしようという奢侈も全く感じられません。何故、ヨットなんだろう?

 こういう想像は、彼等に対して、大変失礼かもしれませんが、暇人が、退屈紛れに巡らせたスペクタクルとして考えられる可能性の一つは、密輸に使うのではないかということです。

 昨年、私がオーストラリア東岸を北上していた時、グレートバリアリーフの切れ目、つまり、外洋からインショアへ入るパッセージには、必ずコーストガードやカスタムスの武装した巡視船がいました。さらに、カスタムスの飛行機が、頻繁に飛来し、時には、VHFでコンタクトしてきます。船名、船籍国、船長名、乗員数、行き先などを問い掛け、コンピュータで航行許可書のコピーと照らし合わせています。噂によると、赤外線か何かで、船内に潜んでいる人間がいると、その人数が分かる装置を積んでいるといった人もいました。さらに不審な点があれば、巡視船が接舷してくるのでしょう。

 それらの警戒は、東南アジア、または、ニュージーランドから持ち込まれるドラッグ、或いは、難民の密入国を警戒しているものなのです。また、ニュースでは、時々、外国から来たヨットから大量のドラッグが発見されたと報じていますし、インドネシアからの難民船のニュースは毎日のように聞こえてきます。

 本船(貨物船)が領海に入って来ても、特別な情報でも得ていないかぎり、巡視船が船内検閲をすることはありません。然るべき港に接岸して、初めて税関やクアランティーンが乗船し、船内を調べます。

 ですから、港に着く前、貨物船や漁船は小型のヨットが容易に行けるグレートバリアリーフの内側で密輸品を海に落とします。それをヨットが拾うことにすれば、リスクがあるとはいうものの、航行許可書さえしっかりしていれば、船内検査を受けることもない訳です。

 これは、私がこの沿岸を北上中に、こういう手でやればドラッグの密輸など簡単だと何度も思ったことなのです。その記憶が、ふっと脳裏を掠めた訳です。

 想像というやつは、思いを巡らせているうちに、だんだん膨らんできて、しかも、真実味を帯びてくるものです。

 彼等が、禅を買ったとしても、すぐにヨットの外装を新たにするとは思えません。そうすると、ムルルバから北端の木曜島まで、都度コーストガードと連絡を密にしてきた「禅」は、非常に特徴的なハルデザインということもあって、十分にコーストガードやカスタムスの周知するところなのです。

 VHFでナショナリティーでも問い掛けてくれれば別ですが、“あァ、日本のヨット「禅」か!”と見過ごせば、禅を買い取った彼等がもしも運び屋であった場合、彼等にとっては大助かりな訳です。

 日本は、銃やドラッグに厳格な国として、恐らく、世界一の信用を得ています。ワールドセーラーに東南アジア人はほとんどいませんが、一番警戒されるのは、彼等東南アジア人でしょう。次がアメリカ人、ニュージーランド人、フランス人などです。

 私が、ハワイの所用を済ませて帰ってきたら、彼等を禅に乗せてクルージングする約束になっています。でも、そういう想像を逞しくした後です。彼等がこの「禅」を買い取って、すぐ彼等の国の船籍に切り替えてくれれば別ですが、日本船籍のまま乗っているようなことがあって、しかも、何か犯罪に関係したとなっては大変です。

「日本のヨットが、ドラッグの運び屋だった!」なんてニュースが流れたらどうしよう・・・。やっぱり、彼等に禅を売るのは止めようかしら・・・・。ただの暇から湧き出た想像が、思いも掛けぬところへ拡がって行きます。

 やれやれ、こんな状態では、何時になったらこのヨットが売れるものやら・・・。

5月29日(火)/快晴・18℃・南東の風28Kn/Unstable

Beach side hotel
全体を描くのが大変なので、だんだん小さくなってしまいました。本当は左にダイヤモンドヘッドがあったのですが・・・。一応、ハワイの寸景です。

 今日、午前10時に帰って来ました。ハワイは、なかなか良かったですよ。

 案の定、提供されたホテルはひどいものでした。折角ハワイへ行ったというのに、2ツ星の安ホテルです。まあ、ユースホステルとそんなに差がありません。

 レストランもコンセルジュやツアー・アレンジメントのデスクもなく、ですから、ルームサーヴィスもハワイアン・ショーもありません。フロントにヘア・ドライヤーを借りたいと電話したら、従業員が私物を有料で貸してくれるといった具合です。さらに、ビーチは遠く、雑然とした町中で、どこにもハワイのムードなんかありません。ホノルルの場末といった感じです。

 AUを出発したのが22日の午後3時。ホノルルに到着したのが、日付変更線の関係で逆戻りして、22日の午前5時でした。

 初日の22日は何もせずに寛ぎました。売却するヨットのオーナーのJOHNは、ブローカーと連絡をとって、会う時間と場所を打ち合わせしていました。明日23日、午後1時、アラワイ・ボート・ハーバーのオフィスで買い手を含め、全員が会うことに決まりました。

 私は、レセプションでホノルルの市街地図を貰い、凡その土地勘を養い、散歩方々、アラワイ・ボート・ハーバーへ行ってみました。ところが、マリーナには、全てに鍵が掛っていて入れません。オフイスへ行って、明日ここでボートの売買契約をするので、マリーナを見に来たといっても、キーを貸してはくれません。ドックの入口に鍵がかかり、さらに、左右2艘碇泊するフィンガーの根っこにも鍵がかかっています。思い出せば、サンディエゴのマリーナがこういうセキュリティになっていました。まあ、これがアメリカのシステムです。

 外郭からマリーナを眺め、その足でビーチを散歩すると、これぞハワイというホテルが軒を並べています。有名なロイヤル・ハワイアン・ホテル、シェラトン・モアナ・サーフライダー・ホテル、そして、ホノルル唯一のファイブ・スターのハレクラニ・ホテル、ヒルトン・ワイキキ・ヴィレッジ、アウトリガー・ワイキキ・・・・如何にもハワイといったホテル群です。

 それに引き換え、オハナ・ホブロン・ホテルの倹しいこと!折角ハワイに来て、これではしょうがないと感じました。

 23日、午後1時。ブローカーのBILLが買い手の日本人、松田さんを紹介してくれました。55歳ほどの海が大好きという小柄な男性です。今までは、千葉で22ftのモーターボートを乗り回していたそうです。仕事の合間をみてはハワイに遊びに来るようになって、ホノルルにボートを持ちたい、さらに、ホノルルならモーターボートよりもヨットが似合うということで、JOHNのヨットを買うことにしたのだそうです。

 JOHNのヨットは、38ftのトラデショナルなスループです。何人で乗るのかと尋ねると、今のところは奥さん(?)と二人だけといいます。初心者で38ftを、ほとんど松田さん一人が操船するとなると、かなり難しいと云わざるを得ません。誰かレクチャーしてくれる人は?と尋ねると、日本の友人を連れて来て教わるといっていました。大丈夫かなァ、と思いながらも、私はJOHNの代理人みたいなものですから、松田さんに、あなたには操船が無理だともいえません。十分にレクチャーを受けるように忠告して、契約を完了しました。

 昨日の船内の説明に続き、24日は操船の基本的な説明です。

 10時にヨットに集合し、延々と続くマリーナの水路をパーキンソンの80馬力エンジンで駆け抜け、北東15Knの風が吹く爽やかな外洋へ出ました。契約立会いだけが私の役目と思っていたのに、思いがけぬセーリングです。JOHNの説明を通訳しながら、沖から眺めるホノルルは素晴らしいの一語に尽きます。大きなクルージング・ツアーの客船や、色とりどりの横縞のセールを揚げた観光ヨット(カタマラン)の間を縫って、3時間ばかりセーリングをしました。

 松田さんに、どうですか、ご自分で操船出来そうですか?と尋ねると、うーんと唸ってから、「買ってしまったんだから、操船出来るように頑張らなくちゃしょうがないでしょう。しかし、こんなに難かしいものとは思わなかった」と慨嘆しています。

「なに、じきに慣れますよ。モーターボートと違って、少々、体力が要りますが、コツをのみ込めば、大したことはありません。難しいのは、マリーナの中です。スピードを押さえて、ゆっくり走ること。」

「西久保さん、あなたが時々ハワイに来て、教えてくれるといいのですがねェ。次は、何時ハワイに来られますか?」

こんな形で頼られては適わないと思い、

「ハワイへ来ることはほとんどありません。それよりも、日本でお知り合いの方にヨットに乗せてもらって練習されたらいいでしょう。ご期待に添えなくて残念ですが」と答えました。

 マリーナへ戻り、JOHNがホテルへ帰ってから、松田さんと私は2時間ほど話をしました。彼は、このヨットに「翠」(ミドリ)という船名をつけるそうです。どうやら、奥さん(または、恋人)の名前のようです。でも、はたして、彼が期待するような甘い夢が、この38ftスループで実現出来るだろうかという危惧が拭い切れません。しっかりとシーワージネスを身に付けて臨まないと、ヨットは、とんでもない重荷になりかねません。後は、松田さんご本人の奮闘を願うばかりです。

 ホテルは、私の滞在期間である27日までとってあるので、ゆっくりしていってくれといって、JOHNは、24日の夜、AUへ帰りました。

 彼がチェックアウトすると、私は、早速、ホテル探しを始めました。折角ハワイに来て、雑駁な町中の安ホテルではつまりません。ロイヤル・ハワイアンとシェラトン・モァナ、そして、ヒルトン・ワイキキ・ヴィレッジは4スター+ハーフ、オオクラの系列のハレクラニ・ホテルは5スター、同系のワイキキ・パーク・ホテルが4スターです。ワイキキ・パークに電話をしてみると、今夜と25、26日は部屋があるが、27日には空き部屋がないといい、ハレクラニは?と尋ねると、27日まで部屋がとれるといいます。OK、今夜から4日間の部屋を予約し、早速引越しです。

 ハレクラニ・ホテルの部屋の豪華さは云うまでもありませんが、付帯設備の素晴らしさは、さすがファイブ・スターだけのことがあります。オオクラの流れを汲むせいか、料理も最高ですし、その雰囲気もこれぞハワイといった按配です。ハワイアン・バンドの演奏とソロのフラダンス、そのすぐ後ろのビーチでは、いま正に満ち潮の波が飛沫(しぶき)となって背景にひろがり、ハワイアンギターの甘い調べに、砕ける波音が重なります。これで、素敵な連れでも居たらシチュエーションは完璧です。それに、マイタイとか、チチとか、ブルーハワイなんていうハワイ独特のカクテルでも賞味出来たら・・・あァ、しかし、残念ながら酒も女も縁なし!!!豪華で、雰囲気いっぱいのハワイが、だんだんと侘しいものに思えてくるのは、どうしようもありません。

 26日には、スター・オブ・ホノルルという豪華客船のサンセット・ディナー・クルーズです。トップデッキはジャケット着用のホーマル・ディナー。フィレ・ステーキにロブスターのメイン・ディッシュ、シャンパン(飲めないけど)が無尽蔵に供されます。ここでもハワイアンの演奏とフラダンス。夕焼けに染まったハワイの海が、メランコリックな調べの中に暮れてゆきます。目を転じれば、ホノルルのホテル群の灯が燦然と煌き、やがて、夜空には2日の月と星々の饗宴が繰りひろげられます。それらのエンターティメントが完璧であればあるほど、一人旅の虚しさが私を包み込んでゆきます。一人で来る所じゃない!今度来る時は、絶対に素敵な女性を伴おう・・・でも、そんなアテがないことは、私自身が、いちばんよく知っています。おかしな所で、老年の侘しさを噛み締めました。

 27日は、街を散策しました。以前から愛用し、何故か何処ヘ行っても見つけられなかったダンヒルのEDITIONというオーデコロンが見つかりました。序でに、ダンヒルのパイプタバコのポーチとネクタイを買いました。ネクタイは、6年前、日本を出た時に持って出たのが、もうすっかり色褪せていましたから、Duty Freeで買えればもっけの幸いです。すっかり観光お登りさんのブランド・ショッピングに身をやつし、あちこちショップを覗いて歩きました。

 最後の夜です。暫く食べていなかった本物の日本食を、ホテルの和食レストランで頂きました。8時半、いよいよハワイとお別れです。ベル・キャプテンに電話をし、空港までタクシーを頼みました。車が来たという報せで部屋を出てチェックアウトです。そして、エントランスへ出てみると、何と、リムジンが停まっています。私は、リムジンの必要はないというと、ベル・ボーイが“レギュラー・タクシーとして使ってくれ”といいます。しょうがなく大型トラックほどの大きさのリムジンにたった一人で乗りました。乗り心地は最高です。運転席の仕切りガラスを降ろさせて、ドライバーと空港まで世間話しに興じました。

 しかし、料金は、レギュラー・タクシーよりも安いくらいでした。というのは、タクシーの運転手は、日本のそれと同じく、わざと遠回りをしたり、行き先を間違えたりして高い料金を取ります。不案内な観光客は、抗議のしようもない訳で、高い料金を払わされるのが一般的のようです。

 飛行機は、「カナダ3000」という聞いたこともないような航空会社のチャーター便で、ゲートもホノルル空港のいちばんはずれでした。出発は28日の午前0時15分。22日から7日間で28日という便でしたが、何だかインチキ臭い話で、28日に入って、たった15分です。まあ、これでも28日には違いがありません。しかも、AUに到着すると、日付変更線の関係で、29日の午前6時。ハワイへ来た時の一日逆戻りを棚に上げて、騙されたみたいな感じだと憤っています。

 もう行くことはないかも知れませんが、つくづく思うことは、ホノルルは一人で行く所ではないということです。シチュエーションが素晴らしかっただけに、侘しさが本当に身にしみました。

 さあ、明日からは、また禅の買い手探しが始まります。

Zen/西久保 隆


以前の手紙

ホーム
Home

Copyright (C) 1997-2018 Zen T. Nishikubo. All rights reserved.