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7月17日(火)/曇・南西の風・33℃/very sticky

夏休み

 書きたいことがどっさりあるのに、どういう文章を書いたらいいのか分らない。描きたいモチーフがあるのに、どういう絵をかいたらいいか分らない。云いたいこと、唄いたいことがあるのに、どう語りかけ、どういうメロディーを口ずさめばいいのか分らない・・・・・。

 このモヤモヤとした取り留めのなさは、一体何だろう?

 帰国して、もう一ヶ月にもなるというのに、そのモヤモヤ感は益々強くなるばかりで、まるで出口が見えて来ない。

 焦りだろうか・・・?

 みんながしっかりした目的意識をもって暮らしているこの日本社会を見ていると、自分だけが浮き上がって見えてくる。かといって、同じような目的意識を持てるかといえば、浦島太郎現象に取り込まれた私には、到底不可能と云わざるを得ない。そういう状態から焦りが生じているのだろうか・・・?

 一口に云えば、今まで暮らしてきた外国の生活フィーリングと日本のそれとのズレに、体と心がなかなか同調していかないということなのだろう。

 よく、冗談にいったものだ。「日本に帰ったら、リハビリ受けなくちゃ、社会復帰出来ないよ」と。でも、今、それが冗談じゃなく、奇しくもいい当てていたことに驚いている。それほど航海者たちの生活は、マイペースで、ノンビリと、反社会的で、生活感というものがなかった。絵葉書に書き添えた言葉に、「南国の時間はゆっくりと流れます・・・」なんて、気取って洒落のめしていたけど、そのツケが今、一度に私に襲いかかり、私を取り留めのない感覚の中に包み込んでしまう。

 本当に、私は日本で暮らして行けるのだろうか?日本人が日本で暮らすという何でもないことにさえ、自信がぐらつくのは何故だろう。

 かつて、Cairnsで航海の続行を再考しなくてはならなくなった時、やっぱり、こんなふうに深い霧に閉ざされて、周りが何も見えなかったことがある。どちらへ歩いたらいいのか見当もつかない状態とは、真実苦しいものだ。あの時は、いま見えているものだけを、一つひとつ片付けてゆこうと考えた。そして、そのうちに周りがもっと見えて来るだろうと、病んだ獣が巣の中でじっと蹲るように時の経過を待ったものだ。

 同じように、じっと待てばいいのだろうか。病んだ獣のように?

 時に、俺はオレだァ!と、開き直ることもある。つまりは、日本社会の有目的的環境に自分が当てはまらないことを苦しんでいるだけじゃないか。回りと自分が食い違っているという違和感を埋めようとして、それが容易に埋められないことに苦しんでいるのだろう。

何も、自分を社会に合わせる必要なんかないじゃないか。もともと、日本の社会風土に馴染まなくて、日本を飛び出したオレではなかったか?今さら、それに合わせようとすること自体、迎合的で、私の生き方じゃない。だから、俺はオレだァー!そう叫びたい。或いは、本心、そう叫べたら、どんなにいいだろうと思う。

 帰国してみたら、辻仁成という若い作家が台頭していた。

 オーストラリアから、当分の間読むものとして持ち帰った本は既に読み尽くし、新たに読むべき本を探しに書店へ行った。トルーマン・カポーティのものを数冊見つけ、さらに他をさがしていたら、「サヨナライツカ」という題名が目についた。この題名を見ただけで、それが、いま私が探しているものだという確信があった。かつて、村上龍の「限りなく透明に近いブルー」や、村上春樹の「風の歌を聴け」や「羊をめぐる冒険」、そして「失われた世界とハードボイルドワンダーランド」などという題名がそうであったように。

 「辻 仁成」 初めて目にする名前だ。恐らく、私が日本を留守にした間に現れた作家なのだろう。店員に尋ねると、昨今のベストセラー作家の一人だという。私が知らない日本を知る意味で読んでみるべきだというよりも、その題名の中に、既に一つの確信があった。

 昔、或る人に、私がいま読むべき本はなんだろう?と尋ねたら、それは、あなたが書くべき本だ、と答えた人がいた。そう、「サヨナライツカ」は、正にいま、私が書きたい本だった。

 以前なら、そういう本を手にすると、触発され、そこに自分の中で醸成されたモチーフが重なって、たちまち一遍の物語が出来上がったものだ。しかしいまは、何故かイントロダクションのフレーズが出て来ない。いつも、あれほどスラスラと湧き出るように出て来た冒頭の一節が、どう言葉を組替えてみても形にならない。

 深い霧に包まれたように、周囲が何も見えない。どこヘ向かって歩けばいいのか、その方向さえ見えない。そんなモヤモヤの中で、私は言葉まで失ってしまったのだろうか?

7月20日(金・海の日)/晴・33℃/fine

 息子の靖から、原付(バイク)は必要か?という問い掛けがあったのは一週間まえのことでした。そして昨日、明日バイクを届けに家族そろって行くというメールが入りました。

 今日午後、子供(孫)たちが来ても、飲み物も菓子もないことに気づき、近くのコンビニへ行き、それらを買って戻ってみると、既にアパートの前に靖の大きなバンが停まっていて、靖と家内の晴子さんがバイクを車から降ろしているところでした。

 バイクは、とても中古とは思えない、黒くてピカピカした素晴らしい物でした。

 まだ、ナンバープレートもないバイクに乗って、家の一角を走ってみながら、あァ、これからは、今まで行けなかった所へも足をのばせるし、買い物袋をぶら下げて汗だくになって帰ってくることも、もうないんだ!と、急にうれしくなりました。

 数時間、私の部屋で雑談し、近くのファミリーレストランへ行って、みんなで夕食を楽しみ、7時過ぎ、靖一家が帰って行きました。

 月曜日になったら、市役所の出張所である大庭市民センターへ行って、ナンバープレートを発行してもらい、ヘルメットを買って、保険に加入し、晴れてバイクで遠出をしてみるつもりです。

 夜10時半、BS2で、「ザ・プロフェッショナル」の再放送がありました。片岡さんというベテランの水先案内人を、今給黎さんが取材したものです。これは、先週土曜日、朝8時半に、既に一度観たものですが、もう一度細かなところまで見ようという訳です。

 今給黎さんは、インタビューのポイントをしっかり押さえていて、視聴者が尋ねたいことを的確に尋ねてくれます。しかも、海を知り尽くした彼女のことですから、決して見当はずれの質問なんかしません。さらに、激しい潮流(10Knにもなるそうです)や、目間苦しく動き回る数知れない漁船たち、何艘もの巨大船や貨物船が行き交う幅がたった400メートルしかない来島海峡、そして、走航する船に縄梯子での上下船などなど・・・夜間の瀬戸内海という難所を航行する6万トンものタンカーに乗ってさえ、彼女は海を楽しんでいるのです。さすがは、世界を駆け抜けた海の女(Sea Woman)!!!面目躍如というほかありません。

 さらにその後、11時から、BS1で、「電脳カーボーイ」〈停まったところが我が家〉という番組を観ました。これは、今、アメリカで急増しているキャラバンカー生活者の記録です。家も仕事も慣れ親しんだ生活も捨て、何故、彼等は定めないトラベリング生活を求めるのか?というリポートです。

 このテーマには、私の或る問い掛けがありました。かつて、この種のリポートには、単に都市生活を捨て自然回帰する人間性ということが、定番のように結論付けされていましたが、私が日本を離れていた間に、それがどう変わった(或いは、変わらなかった)かということでした。

 まあ、正直にいって、人間の自然回帰という安直さが拭い去られたとは思いませんが、それでも、決まりきった生活を捨て、旅に学び、人生を考えるという側面がプラスされていたとは思います。定住こそが幸せな暮らし、マイホーム取得如きが人生の目的みたいな生き方が一般的な日本において、単に、奇行とか、珍しい生き方という捉え方ではなく、キャラバンカーを停めた所が我が家という逞しい感性、その逞しさで人生を考え、人生を試し、さらに旅を続ける彼等に、ある種の共感を示していた編集姿勢という点では評価できると感じました。

 そしてまた、このテーマは、世界の海を航海する者たちと共通するものでもある訳です。何故、危険だらけの海へ出て行くのか、何故、狭いくて不自由なヨット暮らしを選ぶのか、何故、生活の不安定な航海に憧れ、航海が終わった後の生活はどうするのか・・・そういった疑問は、今夜観た「電脳カーボーイ」の内容とイコールです。

 昔と大きく違ったのは、コンピュータ(電脳)の存在でした。キャラバンカーで旅をしながらでも、PCで仕事が出来るとか、友人、知人との連絡やエマージェンシーの対応が可能になったから、こういう放浪生活がとても便利になったという側面が、この番組には現われていました。

 でも、そうだろうか?便利さが身と心の安全とか安定を支えるものなら、そもそも、こんな放浪生活なんて発想には繋がらないはずですではないですか。ですから、NHKは、まだまだ旅に限りない憧れを抱き、定めない旅に踏み出す人々を理解しているとは思えません。

 私の場合(かつて航海に出掛けたとき)、人生には決まり切った道筋ではなく、もっと違った可能性が潜んでいるのではないかという、突き上げるような衝動があったと思うのです。そういうものに突き動かされ、行動せずにはいられない人種というものがあると、私は思います。

 よくいう言葉ですが、観戦することを楽しむ人、そして、観戦して楽しいものなら、自分がそのフィールドへ出てプレーしなくては気が治まらない人・・・旅を志向する人とは、後者の“自らフィールドへ出て行く者たち”なんだと思うのです。精神の自由や瑞々しい遊び心で人生を考え、人生にトライし、人生の豊かさを摸索することの意義や素晴らしさをしっかり認識しないと、「電脳カーボーイ」のようなテーマは、陳腐なヒューマニズムに堕してしまうと思うのですが、如何でしょう。

7月25日(水)/曇、雷雨・33℃→28℃/sticky,cool

 ケンちゃんのお母さんから、FURTHERがKauai Is.に着いたという報せをいただきました。ひどい向い風(貿易風)に悩まされ、46日間も洋上で奮闘されたそうです。

 お母さんのメールからは、何でもない文面にもかかわらず、とてもほっとされている様子がしみじみと窺えました。

 それはそうでしょう、如何にケンちゃんが経験豊富なセーラーであろうと、ハワイを目の前にして3週間近くも前進が出来ず、何時嵐が来るかも知れない洋上で苦労している息子を思う時、恐らく、お母さんは、ケンちゃんとは違った意味で、心労からくる疲れの極にあったのではないかと想像します。

 航海は、航海者に並々ならぬ苦労を強います。それは当然のことです。しかし、航海を見守る肉親の苦労は、あまり取り沙汰されることはありませんが、ややもすると、航海者自身よりも辛いのかも知れません。

 お母さんは、恐らく、ケンちゃんが語る以上の海をご存知ないだろうと思います。息子の語り聞かせる大自然の脅威や言葉では言い尽くせない素晴らしさは、お母さんの中で、想像として幾層にも膨れ上がったのではないでしょうか。しかし、想像では埋め尽くせない未知の部分には、きっと計り知れない恐怖があったはずです。そんな所へ、身を分けた息子が出掛けて行く・・・!“言い出したら聞かない子だから・・・”そういう言葉を耳にすることはよくありますが、しかし、息子を、紛れもない恐怖のシチュエーションへ送り出さなくてはならない時、それを支えているのは、ただ、“無事にやり遂げてくれるに違いない”という“信”だけです。何の保証もない信とは、考えてみれば、これほど苦しいものはないと思います。ですから、日本からハワイという、どちらかというと自然条件的にいって逆コースを渡り終えたケンちゃんを称えるとともに、それをじっと信じて待ったお母さんに、絶大な拍手を贈りたいと考えます。

 ケンちゃんは、オアフ島へ行く前に、カウアイ島でゆっくり休養するそうです。思うに任せぬ航海が、どれほどの疲労を彼に負わせたかを考えると、本当にゆっくりと、心身ともに疲れを癒してほしいと心から願っています。

 暑い日がつづいています。

 昨日など、前橋で40℃にもなったそうです。そして、この湘南でも、夜中といえども26℃以下に下がることはなく、寝苦しい夜を過ごしました。

 しかし、今日は昨日ほどのことはなく、ベランダと玄関を開け放つと、いくらか涼しい風が吹き抜けます。蝉の声や鳥の声、それに、近くの中学校のブラスバンドが練習する金管楽器の音が流れてきます。

 午後になって、遠雷が聞こえ出しました。空はまだ所々に青空も見え、薄日もさしています。でも、鳥の動きが慌しくなってきたので、やがて天気が変わると思っていました。

 案の定、3時頃になると、空が暗くなり、雷鳴も大きく鳴り出しました。そして、遂に激しい雨です。雨といっしょに気持のよい涼風がやってきました。回りっぱなしだった扇風機を止め、やさしく吹き抜ける涼しい風の中、畳の上にゴロリと横になります。蒸し暑い日々の、ほんのひと時の涼!“あァ、日本だァ・・・”

 今はもう、雨は上がり、再び蒸し暑さが戻ってきています。蝉がまた、鳴きだしました。

 この分だと、中止かもしれないと危惧していた江ノ島の花火大会も、この分だと、何とか実施されそうです。

Zen/西久保 隆


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