ホーム
Home

8月2日(木)/曇り・無風・31℃・59%/very sticky

 耐え難い蒸し暑さです。一時期のこととはいえ、よくぞこんな気象条件のエリアに、世界有数の文明国が出来たものだと感心してしまいます。

 勿論、現代では、クーラーとか冷蔵庫とか自家用車とか、直接、生活活動にその耐え難さを感じないテクノロジーが発達している訳ですが、そうした物がなかった時代を経て今に至っているのですから、こんなところにも日本人の忍耐力と勤勉さが痛感される訳です。

 そんな愚にもつかぬことを呟きながら、何と、私は全身汗まみれになって、ひたすら眠っています。

 通常、朝6時頃目覚め、コーヒーを淹れ、トーストとジュースの朝食を摂ります。その後、ゴロリと横になってまた眠ります。差し当たって、今急いでやるべきこともありませんから・・・。そして、次に目覚めるのは11時か12時。

 食料の買い込みなどがあれば、バイクに乗ってスーパーマーケットへ出掛けたり、所用を済ませます。夕方まで、新聞や本を読んだり、PCでメールを送受信したり、昼寝をしたり・・・。6時頃になると、晩ご飯の準備にかかり、8時頃までには夕食を済ませます。TVを観たり、或いはうたた寝をしたり、本を読んだり・・・つまり、全くの非生産的な数時間を過ごします。午前2時頃、寝床に就き、本を一時間ばかり読んで寝ます。

 この生活パターンで、何と眠る時間が多いかということに驚きます。しかも、いくら寝ても際限なく眠られるのです。トータルすると10時ほどの睡眠時間ですが、かつて私は5時間眠れば十分だったのですから、その変化には当惑します。

 数日前、気になっていた心臓の検診に行って来ました。案の定、どこにも問題点は発見出来ません。医者が言うには、「航海をしている時だけ発作が起きたのなら、航海をしなけりゃ、特に気にするような問題はないですよ」とのことです。

 その時、この際限もなく眠るということを医者に話してみました。たいへん楽観的なお人柄とみえ、「眠っていて、生活に不都合がないのなら、別に構わないのじゃないですか?」という返答です。でも、普通なら、ある程度眠ると、もう眠れなくなるでしょう?と問い正すと、

「ある種の神経的現象ですが、お話のような状態では全然心配はありません。人間があまりにも違う環境に放り込まれると自衛機能が働いて、神経が外からの過剰な刺激を遮断しようとします。眠るというのもその一つです。ひどくなると、何日も眠りつづけるというケースもありますが、そうなるともう、ただの神経の自衛作用ではなく、ナルコレプシー(眠り病)などという神経症です。その内、普通のパターンに戻りますから、心配せずに、寝たいだけ寝ていいでしょう。何時までも目覚めず、眠り続けるようなら知らせて下さい・・・」

「目覚めなかったら、どうやって知らせるのです?」

「その時はまあ、その時で・・・」 医者も私も、ただ大口をあけてワハハと哄笑しました。

 そんな訳で、私の日常は汗まみれになって眠っている毎日です。レージーといえば、まことにレージーそのものです。どこかで日本人的感性が働き、何となく後ろめたい気持ではありますが、新たな環境に心身が慣れるまでの経過的現象として勘弁していただこうと考えています。

 数日前、Cairnsで親しくなったワーホリの女性からメールがありました。

 彼女は、4月に帰国したそうですが、私がいま、何処にいるのか、航海を続けているのかを尋ねていました。懐かしさもあって、すぐに返信を送り「私も今、日本にいますよ」と知らせました。

 何日かして、彼女からメールがあり、携帯の電話番号が記されていたので、昨夜電話をしてみました。その時、彼女もまた、私と同様な症状にあることを知りました。

 ただ、彼女の場合、周囲に家族やら知人やらの人間関係があり、私のように寝たいだけ眠るという訳にはいかないようです。そしてそれが、何となくノイローゼみたいな状態になって、知人のいない遠方へ住むという恰好になってしまいました。静岡が故郷なのに、彼女はいま新潟にいて、ささやかなアルバイトをして暮らしています。

 外国人と違い、マイペースに暮らすことが苦手な日本人にとって、この文化の違い、または生活感の違いというものは、意外なほど人間の感性のみならず生理にまでも甚大な影響を与えるもののようです。

8月5日(日)/曇・28℃・55%・無風/no impression

 いつもと比べれば、特に暑くもなく、かといって快適という訳でもなし。従って、「感想なし (No impression)」です。

 このところ、からりと晴れわたることがありません。晴れていても、空は灰色にくすんでいて、曇りかなと思うと日が射していたりします。湿度のせいなんでしょうね。オーストラリア東海岸やアメリカのサン・ディエゴのような蒼〜い青空が見られません。サン・ディエゴの青空は、私の描く絵を変えてしまったほど、本当に蒼い青空でした。

 こういう天気になると、私は持病の偏頭痛に悩まされます。特に、数時間後に雷雨や雷雲がやってくる前、すなわち前線が接近すると天気予報並みに正確に痛み出します。人は天気が先読み出来て便利だネなんていいますが、頭痛を抱える本人は、とても笑い事や冗談では済まされません。

 これは、今を去ること40年前、北海道の砂川という所で、乗っていたトヨペットのバンが定期便の大型トラックに追突された時の後遺症です。

 その頃は、外傷がなければ無傷と判断された時代ですから、事故のあった夜は、胸部打撲で呼吸困難に陥った父以外は、医療の検診一つ受けませんでした。父は、その後、心臓の冠動脈に故障を来たし、晩年は時々心臓の疾病に悩まされていました。

 私の方は、あの事故から20年以上、何の不都合もなく過ごしていました。40歳も半ばを過ぎた頃、時折頭痛を感じ整形外科を訪ねたところ、古い鞭打ち症が原因と分ったのです。何と、20年以上もそれに気づかなかった訳です。

 以来、いろいろと病院を訪ねましたが、頚骨のズレが、永い年月で固まってしまっているので、手術以外に、頚骨のズレを直す手段はないということです。ただ、視神経と右手指の神経が、ずれている頚骨を通っているので、手術にはかなりのリスクがあるそうです。そんな訳で手術も見合わせ、相も変わらず、天気の変わり目には頭痛に悩まされているといった次第です。

 ただ、面白いことに、私の頭痛は、枕の形状と無関係ではないことを発見しました。整形外科的にいって、高い枕は脊髄と頚骨の形状に対し非常に害があるといわれています。なるほど、骨格から見て、高い枕は不自然に頚骨を押し曲げますし、いびきの原因にもなります。いちばん自然な形状は、後頭部に枕を当てるのではなく、首と頭の接点辺りに低い枕を当てる、或いは、背骨と頭の間の頚骨が、ふんわりと枕で支えられる状態がベストな訳です。江戸時代には男女共に髪を結っていたので、後頭部ではなく首に枕を当てるという知恵があったのに、何故消えてしまったのか不思議です。

 ですから、私は、常に大きなバスタオルを筒状に丸めて首に当て、枕にしています。しかし、寝返りを繰り返す内、いつの間にかその形状が崩れることがあり、そうすると、翌日が変わり易い天気だったりすると、激烈な頭痛に苦しむことになります。

 Mooloolabaに居た頃、私は、家庭用品のスーパーマーケットで、普通のウレタンとパンヤで出来た枕を買い、それを私の頚骨の歪みに合わせて作り変えました。暫くは形が決まらず、何度も作り変えをしましたが、帰国の一ヶ月ほど前には、私だけの快眠枕が仕上がりました。しかし、それは、まだ到着しない引越し荷物の中。今は、バスタオルで代用しているのですが、どうも状態がよくなく、夏空に黒い雲が現われたり、異常に湿度が高かったりすると、寝ても起きても坐っても逆立ちしても逃れられない頭痛に苦しめられます。

 今日、余りの辛さに、近くのスーパーへ行って、ポリエステル綿の枕を買って来ました。それを分解し、部屋中、綿だらけにして枕を製作しました。形はMooloolaba時代のものを模倣しましたが、はたして私の病める頚骨にどうフィットするか、今夜からテストです。

 8月6日(月)/枕は、概ね成功だったようです。今日は、朝から曇り空。普通なら、ひどい頭痛がする天気ですのに、さらに、夕方から激しい雨が降り出したのに、頭痛はひどいということもありません。この成功に気を好くして、紺色に小花模様のプリント生地を買ってきて、枕カバーを作りました。変形枕ですから、カーブが多く苦心しましたが、何とかそれらしいものが出来上がりました。

8月12日(日)/曇、雨・27℃・60%/wet and cool

 私が、Cairnsで航海の継続について悩み、考えあぐねていた時、海洋ヒッピーのマークと、彼のヨットにいた日本人の智ちゃんという女性に会いました。

 マークは、とても純粋で心の優しい青年です。彼は、よく見かけるヒッピーのように、現代文明に対する露骨な批判とか反感を露わにしたり、或いは、どこまで本気に信じているのか疑わしい鼻持ちならないイデオロギーを吹聴するということもありません。私は、ごく自然にあるがままを受け入れている平和なマークの生活態度に好感が持てました。

 智ちゃんは、そうした彼の純心さや優しさに、人種を越えて魅力を感じていたようです。でも、彼等の生活はひどく貧乏で、はたして日本人である智ちゃんが、まるでアウトドア・ライフのような生活の中で、どこまでマークといっしょにやっていけるか心配でした。

 それに、智ちゃんには、もう一つ、ヴィザの期限という問題がありました。オーストラリアで暮らしたいという理由で、ヴィザの延長が認められることは絶対にありませんから、一旦日本へ帰り、長期滞在ヴィザを取得して帰ってくるしかありません。或いは、マークと結婚してオーストラリア国籍を取得するか・・・。

 しかし、彼女にも、どんなに彼を愛していようと、本当に末永くヒッピー暮らしをして行けるのかという不安があったようで、結婚について彼と話し合ったことはないようでした。また、ヴィザを取得するために日本へ帰国しても、再びオーストラリアへ帰ってくるお金もなかったのだと思います。

 智ちゃんは、ヴィザの期限が切れてさらに一ヵ月半後の二月半ばに、いろんな想いをオーストラリアに残して帰国しました。

 つい先日、彼女から、私にメールが届きました。「覚えていますか?ケアンズでお会いした智子です。ぜんさんは、今どこにいるのでしょうか?Mooloolaba,クルーズの途中、それとも日本?私は2月に帰国し、今は東京です」

 それから数回のメールを交換し、今日、彼女の住まいからそれほど遠くない上野駅の公園口で会うことにしました。

 上野へ向かう電車の窓を、雨の筋が斜めに走っていました。ぼんやりとそれを眺めながら、何となく、私は、智ちゃんが失意に打ち沈んでいるのではないかと心配でした。傘もない私は、駅の公園口に降り立ち、雨に濡れながら、日曜日の混雑の中で彼女を探しました。待つほどもなく、目の前に智ちゃんが現われました。とても元気そうなので、私はほっとしました。

 日曜日の上野では、レストランもカフェも満員です。やっと席を見つけ、ランチをとりながら、つもる話を始めました。互いに、帰国した時期を尋ねたり、日本の耐えられない暑さを愚痴ったりした後、私は、「ところで、マークはどうしたの?」と尋ねました。

「ウーン、そのことには触れたくない。いろんな制約のために生木を裂かれるみたいな別れだったから、半年近く過ぎた今もまだ、出来事としては話せないから・・・」

「やっぱりそうか。そうじゃないかと心配していたんだけど・・・。じゃあ、その話題はなしということにしようネ」

 そういうと、智ちゃんは、私の手に掌を重ね、ちょっと目をうるませていました。それだけで、私は、ケアンズでどういう悲しみが彼女の願いを阻んだか、おおよその想像がつきました。

 それからは、日本での生活や、これからどうやって暮らして行きたいかといった話題に終始しました。でも、結局のところ、智ちゃんは、日本での暮らしに絶望していることがはっきりしてきました。就職難、ぎすぎすした管理社会、物価高、心の自由さや心のゆとりやフレンドリーな感性の欠如、偏狭な人間関係、息の詰まりそうな気候や風景・・・・。そして、彼女は、生活の場として、オーストラリアへ戻ることを考え、就職活動で、それを実現しようと頑張っていることを知りました。

 100%彼女の考え方に賛成はしないまでも、私も彼女に同意する部分が多々あります。どちらが暮らしやすいかと問われれば、間違いなく“オーストラリア(または、アメリカ、または、ニュージーランド)”と即答します。文化の違いといってしまえばそれまでですが、のびのびと、心を大きく開いて、余計な勘ぐりなどなく暮らして行けるものが、オーストラリアやいくつかの西洋文明国にあることは確かです。ひっくり返していえば、日本にはそれがない、または希薄だということになります。そしてまた、日本社会よりも、そうした国の生活風土が肌に合う日本人がいることも確かです。智ちゃんも私も、それぞれ、その中の一人なのかも知れません。

 帰りの電車の窓を、さっきとは反対向きに雨の筋が走っていました。ぼんやりとそれを眺めながら、やっぱり、私の予感が80%ほど的中していたんだなァと、心の中で呟きました。そして、若しかすると、智ちゃんと同様に、私も日本脱出を考えるようになるのだろうかと考え込んでしまいました。

****************************************

 智ちゃんとの会話の中に、物価高ということが出てきましたので、そのことについて、日頃、私が考えていることを書いてみたいと思います。

 或る主婦の方が、私が日本を離れる頃とは、けた違いに物価が安くなっているといいました。それは、現在の日本の物価を、私が異常に高いと評した時の答えでした。

 その主婦がいうとおり、7年前から見れば、物価は確かに下がっているのかも知れません。私は、外国(例えば、オーストラリア)と日本の統計的な物価指数を調べた訳でもありませんが、生活感として、例えば、スーパーなどでの一度の買い物にいくら払うかということを、この2ヶ月間続けてきた感覚でいえば、それでも物価は、諸外国の2倍といわざるを得ません。(4年前は、3倍でした。オーストラリアなどでも、少しずつ物価は上がっていますが、この辺が限界といわれています。)

 オーストラリア(MooloolabaやMarchdore)のスーパーで、一回の買い物で払うお金は、平均して50ドルでした。円に直すと、約3250円になります。

 かたや、近所の東急で、一回の買い物で払うお金は7000円です。特に、日本に帰ってから贅沢をしているつもりはなく、私が徒歩、またはバイクの荷台に積んで持ち帰れる分量です。どちらかといえば、オーストラリアの時より、生活はずっと質素になっていると感じています。また、それにお米を加えると10000円以上の出費です。お米が、5キロで3000円するのですから当たり前です。しかし、オーストラリアやアメリカなどで、お米は5キロで350円から500円です。食管法というものが介在するとはいえ、この6倍または8倍の物価は一体何でしょう。そして、そうした事実に問題意識を喚起されない日本人とは、一体どういう感性で暮らしているのでしょう。

 食費や生活用品費としての2倍という物価は、特に、ゆとりのない低所得者にとって、モロに暮らしの快適さの激減に繋がります。さらに、居住費や光熱費も同様です。また、オーストラリアにもアメリカやニュージーランドなどにも、車の駐車場のための出費なんかありません(市街地の駐車メーターや有料パーキングを除く)。そして、高速道路料金も、です!!!従って、生活の基本的な部分で、消費者の財政が不当に締め付けられています。

 それをいうと、その主婦が、「それだけ収入があるんだから、いいんじゃない?」といいました。この言葉は、その方が特に問題意識に欠けているとは思いません。恐らく、日本人の基本的な考え方でしょう。これに類する言葉を、私は、いろんな場面で、いろんな人から聞かされていますから、あらためて驚きはしませんでした。

 最近、ユニクロというのが、安売りで脚光を浴びています。安いけど品質は標準以上というのがウリのようです。確かに品質は悪くなく、しかも、デザインも高級感があります。今や、若者だけではなく、中高年者の顧客も激増しているそうです。

 私も、何度か近くのユニクロを訪ね、衣料品を買いました。店内には活気があり、お店の構えもシンプルで、良品を安くというコンセプトが頷ける雰囲気です。

 私が買ったポロシャツは980円でした。そして、そこには「セール価格」と明示されていました。それでは、通常価格は?と見ると、1980円です。

 この1000円の価格差は何でしょう?お店(企業)が、セール期間、損失を出しても消費者に奉仕する?・・・・冗談ではありません。在庫の過剰で、金利や保管料が払えず倒産しかけているというのならいざ知らず、企業が、損失を出して販売するという商業常識はありません。

 つまり、1000円値引きしても、経常利益が見込めるということなのです。半値以下にして販売しても、人件費や店舗費、その他運営の諸経費を加えてなお、何がしかの利益が見込めるという事実を、皆様はどう感じますか?いや、通常ならば、さらに、ポロシャツ一枚当たり、経常利益にさらに1000円のお店の利益を払わされているという消費の仕組みをどう感じるか?ということです。

 何も、ユニクロを槍玉に挙げるつもりはありません。ユニクロを例に引いたのは、経済改革、価格破壊を高らかに打ち上げているユニクロでさえ、こういう暴利を貪っているということに過ぎません。ですから、デパートなどの商品価格が、どういう利益感覚で値付けされているか、また、ブランド店などの価格構成がどうなっているかなんて、とても想像の及ばないところです。外国で、日本の物価を「犯罪的物価高」と称される所以です。

 勿論、これは、商品の値付け以前に、社会や経済の構造に問題があることは明らかです。でも、全ては、ユニクロに例を引いたと同じ常識と感性で賄われているのですから、構造的に病根は深いといわざるを得ません。

 さて、そうした状況を目の当たりにして、また、諸外国のシンプルな消費者物価を経験した者にとって、日本の物価が、真に犯罪的高値と感じることは不自然でしょうか?

「払えるだけ貰っているのだから・・・」というのならば、異常な物価高に払うお金を、何故、暮らしの余裕にとっておきたいと考えないのですか?人生をエンジョイするために、そのお金がとても役に立つとは思いませんか?本当の意味で、豊かな生活を送りたいと思いませんか?今の日本は、如何に世界一の所得を得ているとはいっても、豊かさでいえば世界の二流、三流国なのですよ。外国で、当たり前の価格の商品を買って、「あァー、得した!」と思った人がいました。そうではなく、何故こんな価格で販売出来るのだろう、日本では、何故これと同じ物が2倍も、3倍もするのだろう?と、どうして考えないのですか?

 私がいいたいのは、何もプラカードを掲げて抗議をしようというのではありません。ただ、払えるだけ貰っているのだからという低次元な感覚を捨て、どうしてこういう価格なのかを、覚めた目で見つめてみる問題意識を持とうということです。それだけでも、世の中の流通価格は再考を促されるはずです。どこまで改善できるかという疑問はさて置き、根源的な社会や経済機構の改革は、小泉さんの改革構想とその手腕に期待するとして・・・。

Zen/西久保 隆


以前の手紙

ホーム
Home

Copyright (C) 1997-2018 Zen T. Nishikubo. All rights reserved.