タネという名の天使

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熱帯の陽光が降り注ぐ島の午後、全てのものが停止する痴呆のような一瞬がある。

乾いて白っぽい広場の片隅で一基だけのサッカーのゴールポストが陽炎の中に揺れていて、そのすぐ脇に、放たれた若い栗毛の馬が草を食んでいる。

僕が通りかかり、ふとそこで立ち止まる。そんな時、僕の感性が受け止めていた一切が動きを止める。

能動的な感覚や考えるという働きが消え、僕は、時空を浮遊する光のように自由だ。時間がゆるゆると遡行し、懐かしさが随所に感じられる。僕は、その退嬰的な恍惚感の向うを覗き込む。そんな現実と夢想の狭間に、折々、不思議な物語が滑り込んでくることがある。

若い馬が、日盛りの広場を横切って夢の中を進むように僕の方へやって来る。道々摘んできた野花をかざすと、馬はそれを食み、さらに前足で地面を打って催促する。僕は瑞々しい道端の草を千切って与え、鼻面と汗の匂いがするたてがみに覆われた首を撫でる。馬は、優しく大きな丸い目で僕を見つめ、まるで子犬のように、栗毛の大きな体を摺り寄せる。

ゴールポストの向うに茂みがある。その向うに家があるのか、その辺りから七、八歳ほどの男の子がやって来る。

褐色の肌に黒い髪がキリキリとカールし、大きな真ん丸い目は、若い馬の目と似て親しげだ。その疑いを知らぬ目が快く笑っている。
「バトゥ?」と、その子が問い掛ける。バトゥとは、フランス語で舟という意味。ヨットで来たのかと尋ねているのだろう。
「エ」と僕が答える。エは、現地語でイエス。子供の顔にさらに大きな笑みが広がる。

僕は、自分の胸を差し、「zen」といい、子供を指差して小首を傾げてみる。
「タネ」子供が答える。タネとは男という意味だ。この子の名前だろうか?ちょっと疑問があったが、僕は「タネ、イァ・オラナ」と呼びかける。イァ・オラナは、英語のハロー、またはハウアーユー。子供は「オラナ」と答える。

タネは、現地語とフランス語を混ぜこぜにして話し掛ける。僕には全然分からない。それでもめげずに、僕は英語とフランス語と現地語を取り混ぜて、
「ここがタネのファレ(家)なのか?」と尋ねると、ちゃんと「エ」という答えが返ってくる。どうやら意味が通じているらしい。そのうち、僕にも何となく、タネの話す意味が類推できるようになってくる。

タネは、「zenのヨットはどれ?」と尋ねる。広場の外れの橋から港が見える。そこから沖を指差し、「ブリューの(青い)バトゥが見えるかい?あれが僕のヨットだ。ヨットもzenというんだよ」

タネが僕を馬に乗せてくれる。鞍も手綱もない馬はおとなしくタネの後について歩き、僕をジェティーまで送ってくれる。

いつの間に摘んだのか、タネは、僕が馬に食べさせたと同じような野花を、ディンギーに乗った僕に手渡す。
「いつか、ヨットに遊びに行ってもいい?」とタネが尋ねる。僕は、
「エ、ハエヴァ・マイ」(いいとも。歓迎するよ)と答える。

**

次の日の朝、デッキに大きなパンプルムースが置いてあった。ふと見ると、その横に野花が一輪添えてある。あ、タネが遊びに来たんだ。僕が寝坊していたので、起こさずにフルーツと花だけ置いて帰ったのだろう。

さらに翌日の朝も、デッキにマンゴーと一輪の花があった。花は、フレンチ・ポリネシアのシンボル、ティアレ。肉厚の白い花が、南国の魅惑的な香りを振り撒いていた。
お昼頃、僕は散歩の折、タネを訪ねるためにゴールポストの向うの茂みに分け入った。しかし、茂みの向うに家らしいものはなかった。

広場には、あの若い栗毛の馬がいた。僕が手をパチンと打ち鳴らすと、馬は、はしゃぐような仕種で駆けて来て、僕に鼻面をこすりつけた。
「タネを訪ねて来たのに、彼も、彼の家族も、彼の家も見つからなかったよ。タネはどこに住んでいるんだ?」話し掛けるともなく、僕は馬の首を撫でながら呟いた。

僕は、タネと彼の家族へのプレゼントとして持ってきたTシャツとスイスアーミーの十徳ナイフ、そしてビーフジャーキーの大袋を、ファスナーつきのビニール袋に入れて馬の首に掛けた。

夕方、船腹をノックする音がした。キャビンを出てみると、カヌーに乗ったタネがいた。日中、馬の首に掛けてきたプレゼントのTシャツを着て、腰には、肩から紐で吊り下げたスイスアーミーのナイフがあった。彼は、新品の衣服を身に着け、はにかみと誇らしげな笑顔で輝いていた。
「ハレ・マイ、ハレ・マイ!(Come in, come in!)」 僕は手を差し伸べ、タネをヨットに引き上げた。
「zen、素敵なプレゼント、ありがとう」そういって、彼は僕の目の前で気取ってくるりと回ってみせた。
「よく似合っているよ。気に入ったかい?」
「勿論。それに、このナイフは僕の宝物さ」
「気に入ってくれてよかった。ところで、お母さんが心配しなければ、いっしょにディナーをどうだい?」
「マルルー・ロア(ありがとう)」

僕らは、缶詰のミネストローネとフランスパン、缶詰のロースハムとパインアップルを重ねて焼いたハワイアンステーキを食べた。

素敵なディナーだった。タネは、僕が半分も分からない言葉で、楽しげに話し続けた。
その話は、大きくなったら、zenのようにヨットに乗って何かを探しに行くのだといっていた。何を探しに行くって?と尋ねたが、答えは分からなかった。くるくるとよく動く大きな目を輝かせ、タネはいつまでも話し続けた。その汚れなく無邪気な様は、意味がよく分からなくても、耳を傾け、ただ眺めているだけで心が洗われるようだった。

暫く話すうち、彼の口調が少し重くなってきた。と思う間もなく、タネは、言葉を半分残したまま、まるで糸が切れたように眠ってしまった。ソファに崩れるように眠るその穏やかな表情に、幸せそうな微笑があった。天使というものがいるとすれば、タネこそは天使に違いなかった。

家族が心配しているのではないかと気になって尋ねたが、タネは、どこで覚えたのか、英語で「ノープロブレム」と寝言のようにいった。彼に薄手の毛布を掛けてやり、僕もまた夜更けて眠った。

***

明け方、ふと気づくとタネがいなかった。デッキに出てみるとカヌーがない。僕を起こさずに、そっと帰ったのだろう。僕は、そのまま朝まで眠った。

何度かデッキにフルーツと花が置いてあったけれど、あれからタネに会うことがなかった。ゴールポストの向うの茂みを訪ねてみても彼がいる気配はなく、そればかりか、広場には栗毛の馬も見当たらなかった。

アツオナを出航する前日、僕は、ワーフのガソリンスタンドに併設するストアで買い物をした。その折、ローカルの店員にタネのことを尋ねてみた。店員は、昔を想い起こすような遠い眼差しをし、そして、それに続く彼の言葉は僕を驚かせた。
「確かに、四、五年前、この辺りにそんな子がいたよ。そうそう、名前はタネ。七、八歳の男の子だった。誰も気に掛けなかったけど、そういえばいつ頃からかぷっつりと見掛けなくなったねェ・・・」

あの子は孤児だった、と店員は語り続けた。両親は、他の島へ所用で出掛け、そのまま音信が絶えてしまった。風の便りによれば、ミクロネシアのどこかの島に生きているということだったが、タネをはじめ、誰もはっきりしたことは分からなかった。

タネは、ゴールポストの奥の小屋やヴィレッジの空家を、一人で転々としていたそうだ。

南太平洋の島々では、いろんな家の子供が一つの家族として暮らしているケースをよく見かける。誰でも隔てなく、当たり前のように面倒をみるのがこの辺りの風習だ。両親が出稼ぎに行っていたり、孤児だったり、さまざまな事情があるようだが、しかし、タネのように一人で暮らすという例はほとんど見掛けない。そういう意味で、タネは風変わりな子供として店員の記憶にあった。
タネが何かを探しに行くといっていた。それが両親のことだったということを、僕はその時になって知った。孤児という宿業のような孤独を抱え、あの子はそれを、まるで人生の憧れのように話していた。明るく、あどけなく、そして、キラキラと時空を浮遊する光、或いは、汚れを知らぬ天使のように。

出航の朝、デッキには、露をとどめたひときわ見事なティアレがあった。花はタネの憧れの象徴だった。その朝、僕はタネの憧れを載せて船出した。

[完]
*2000年1月10日作


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