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Home前回のものはスタッフ宛で内容がほとんど重複しているので、今回皆様宛に新たに書かれたものが到着したのを機に差し替えさせていただきました。(ホームページ作成担当)
禅ホームページご愛読の皆様へ
すっかりご無沙汰しております。
私は相変わらずムルラバヨットクラブ(Mooloolaba Yacht Club)のマリーナに係留し、これといって変化のない毎日を送っています。お便りしようにも特記すべきことが何もない状態では、いきおいご無沙汰になろうというものです。おそらく、皆様にしてみれば、それでよく退屈で呆けないものだと思われるでしょうが、昔から私は退屈を楽しむ術を知っているので全く困りません。どういう「術」かと問われると、ちょっと言葉に詰まりますが、白状しましょう。生来の怠け者であるということ。これでは退屈なんて元から私の感覚に存在しないわけです。
とはいうものの、少しも系統立ってはいませんが、毎日思いつくままにチマチマと艇の補修作業を進めています。それと、航海ガイド(今は紅海を)翻訳し、自分用のノートを作っています。本を丸ごと1冊、日本語でノートに取るという作業です。
「クルージングガイド」などを著す人は、元来文筆家である訳がなく、文章はひどいものです。加えて私の英語力が乏しいとなれば、これは私にとっては大仕事。まず、文法的に分解してといっても意味をなさないどころか却って何を言っているのかわからなくなるという個所がゴロゴロ出てきます。3ページ訳した日もあれば、5行で投げ出し散歩で気分転換という日もあります。
紅海沿岸の国といえば、イエメン、ジブチ、エチオピア、スーダン、エジプト、そしてサウジアラビアです。立ち寄ることはありませんがソマリアやエリトリアもあります。なんとなく異文化!という遠隔感、そして政治紛争、内戦、暴動の銃声が聞こえてきそうな印象です。
困った事に、こんな所まで行く物好きは多くないと見え、航海案内書も多くはありません。私が今手がけている案内は、1992年の著作。何とあの湾岸戦争直後の航海体験で書かれたものです。随所に、軍の威嚇射撃があるとか、ある入り江に入ったら最後帰ってこなかったヨットだとか、テロや強盗の話やら不穏な事だらけです。
私としては、あれから10年、事情はかなり好転しているはずと考えつつ読み、そして訳し続けています。ところが、先日既に紅海を通ったヨット「ホロホロ」の溝田さんと無線でコンタクトしたので、その辺の事情を尋ねてみました。コンディションが悪く、半分ほど聞き取れないのですが、ところどころ「軍隊が機関銃で」とか、「ソマリア沖の海賊が…」とか、「役人に袖の下を強要されて…」とか。いい話としては、ダイビングには最高の場所とのことですが、私はダイビングをやりません。(溝田さんはダイビングのプロ)
艇の補修の方は、ことごとく出費が伴うことですから、進行は遅々として進みません。銀行残高と相談してというのも遅い理由の一つですが、高価な補修なら、それに変わる別な手はないかと模索することも、その一つ。
例えば、先日完了したメインセールのホイスト(セールを揚げる)システムの変更です。メインセールを揚げる場合、帆の端をマストの溝に通して揚げるわけですが、従来の方式は帆の端にロープが縫いこんであって、それをマストの溝に通し、マストトップから滑車を介して帆の先端に接続したハリヤードで引き上げます。これは非常に重く、とても一度では揚がりません。たぶんマストの端を通るボルトロープの抵抗が大きく渋いのです。そこで、スライダーという新しいシステムに変えてはどうかと考えました。調べてみると、有名なメーカーのシステムですと、「禅」の場合装備品だけで35万円。加えて、加工費です。特にマストへの加工があるので、一度マストを倒す必要があります。合計すると61万円。これではおいそれと始める訳にはゆきません。
思案の末、ボルトロープの外側に頑丈なテープを介し、プラスチックの薬のカプセル型をしたスライダーを縫い付け、それをマストの従来の溝に通すという方法に到達しました。勿論、強度や、仕組み上の不十分さは残りますが、費用はおよそ五千円。こまめに修理する事、そしてセールに不必要な力をかけないことを肝に銘じ、この方法をとることにしました。
スライダーの縫い付け作業は難事業でした。あの厚いセール布が何枚も重ねて縫い固めて、まるでプラスチックの板のようになっている所へ21個のスライダーを縫い付けます。セールの針穴はキリで穴をあけ、ペンチで針と糸を通します。指先の力仕事で、突いたり切ったりでセールは血だらけ。爪の付け根は痛み、続けて3個も縫い付けると指が腫れてきます。外の仕事で天候にも左右され、3週間近くを要しましたが、先日完成しました。試しにセールを揚げてみると、その軽いこと!片手でウィンチハンドルを回すと、苦もなくセールが揚がります。
こんな具合で、山ほどもある補修個所をコツコツ(チマチマ)と毎日少しずつやっつけています。
作業に飽きると、ぶらりとマリーナの反対側のビーチに散歩に出ます。今はここ数日の好天で海は目も綾なコバルトブルー。広々としたビーチは目路の果てまで続き、波打ち際にはレースの縁飾りのような白い波が砕けています。もうここは冬というのに、ファミリーやカップルが泳いでいるし、砂浜には水着姿で日光浴する人々が沢山います。トップレス姿の若い女性もあちこちに見えます。
私は波打ち際を裸足で歩きます。真夏の頃のようではないとはいえ、水の冷たさは相変わらず気持ちの良いものです。……そんな毎日を送っています。少しも退屈せずに。
今は船尾にステンレスの櫓を組み、そこへソーラーパネル(バッテリー充電のため)を取り付けるという作業を進行中です。まだ、ステンレス加工の業者を決める為、製図して見積もりを取るという段階。呑気なオージー相手ですので、たかだか見積もりといっても思うようには進みません。まあ焦らず急がずのんびりとやって行きます。
また、お便りします。今夜も寒い夜です。
禅・西久保 隆
Zen
1999年6月20日
オーストラリアにて