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1月9日(火)/半晴、後サンダーストーム・32℃・南東の風20〜35Kn

 今、この辺りは、高気圧が一つAustralia東岸をタスマン海へ抜け、次の高気圧との谷間にあります。その為、Australia東岸には例の収斂帯が出来て、いつもの凄く変わりやすい天気になっています。Brisbane Radio (VHFで天気予報を通報したり、船舶の出入港をコントロールする)が、先程、ゲール・ワーニング(疾風注意報)を発令したところです。

 禅のコックピットには、キャンバスの大きなオーニング(日除け)が掛かっているので、ガスト(突風)が吹くと、艇が大きく揺れます。このくらい船が重くなる(積荷が多すぎて)と、通常は、少々のことでは揺れないので、如何に風が強いかキャビンに居ても分ります。

 また、数日の間、雨と風の日が続くことでしょう。しかし、それが過ぎると、また素晴らしい夏日が来ます。暫くは、少し蒸し暑いのを我慢しなければなりません。

 昨日から、NICABATEという皮膚吸収するニコチンの貼り薬を使って、禁煙に挑戦しています。プログラムは3ステップあって、21mg(ニコチンの量)のを6週間、14mgのを3週間、そして7mgのを3週間、毎日、皮膚に貼って、体内のニコチンを無理なく減らしてゆくという仕掛けです。

 それがまた、物価の安いAustralia(日本の標準米より美味しいお米が5kgで$5/350円以下です。)にあって、NICABATEは7枚入りで$32もします。約2000円というところでしょうか。また、喫煙を悪徳視する国はみんなそうですが、タバコ(20本入)は1個$8、約520円(カナダも同様。但し、アメリカは非常に安い)もするのです。私はいつもカートンで買うので、何と、大枚5200円が12日間で消えます。NICABATEとシガレットを比べれば、確かにNICABATEは禁煙が達成出来て、しかもタバコよりも安いといえます。しかし、おかしなもので、タバコの5000円は惜しくないのに、薬が2000円というのは許せないと感じてしまいます。

 さて、昨日の朝、説明書にある通り、NICABATEを左の胸に貼り、10時頃、いい天気に誘われてビーチの散歩に出掛けました。気温はウナギのぼり。たちまち30℃を超えます。海風が心地よく、磯伝いに2kmほど歩きましたが、帰り道は、汗が流れていました。いつものカフェでコーヒーをいただいて、ふと、胸の貼り薬に触れて・・・おや?薬がない。おかしいなと思い、ポロシャツの中へ手を入れて、あちこちまさぐっていると、周りの人たちが怪訝な顔をしています。

 ヨットに帰ってから、シャツを脱いで探しましたがどこにもくっついてはいません。どこかで剥がれて落としたのだろうと思っていると、何と、パンツの幅広なゴムに挟まっているのが見つかりました。表面は汗で粘着力が完全に消滅しています。それが、汗といっしょに体の表面を流れ降ったということです。

 如何に爽やかとはいえ、30℃を超える気温の中を歩けば、当然、汗をかきます。試しに伴創膏で止めてみましたが、多量の汗で、やはり効果なし。やれやれ、$32も払って買ったのに!

 緊急ダイヤルというのが箱にかいてあり、意思が挫けそうになったら電話をするようにと書いてありました。電話をかけ、事情をはなしましたが、“汗をよく拭取って貼るように”というだけで、これといったアドバイスはありません。私が“NICABATEにとって、夏はOff Seasonですね”というと、“そんなことはない。汗をかかない工夫をしてみてはどうか”。冗談じゃありません。一歩も外へ出ないで何週間も暮らせるものではなし、それに、ヨットに冷房がある訳でもなし。

 そんな訳で、明日も試してみますが、どうやら禁煙挑戦は失敗に終わりそうです。

1月10日(水)/曇・28℃・南東の風25〜30Kn/Ugly weather

 予想通り、天気は険悪な感じです。MooloolabaはStrong wind warning(強風注意報)ですが、所によってはGale warning(疾風注意報)が出ています。

 Australia東岸は、気団の動きが遅く、しかも太平洋、またはタスマン海に抜けた高気圧がいつまでもこの辺りの気象に干渉する特性があり、お天気は一度はまったパターンをなかなか抜け出ません。快晴の時はありがたいのですが、悪天候や強風が続くのには気が滅入ってしまいます。

 そんなことから、ふと思いついたことがあります。

 先日、古いHPの航海中のインフォメーションを読んでいると、おかしな事に気がつきました。それは、毎日のように風が2ノットとか4ノットと出ているのです。こんな有るか無しの風を正確に測定したことはないので、アレ?と思い、“ハハー、これは、風力階級をノットと取り違えているな”と気がついたのです。

 全く厄介なことに、風速や艇速を表す単位がいろいろあって、メートル/秒.やkm/時でいう人もいれば、ノット(ノーティカル・マイル/時)でいう人もいます。そんな煩雑を避けるため、やや大雑把になりますが、海上のニーズに合わせた“ビューフォート風力階級”というものがあります。私が報告し、HPに載った数値は、このビューフォートだった訳です。

 これは、風力1で、「海面にウロコのような漣ができるが波頭に泡はない」とか、風力3で、「小波の大きいもの。波頭が砕けはじめる。泡はガラスのように見える。所々、白波が現れることがある」、そして、風力7では「波はますます大きくなり、波頭が砕けて出来た白い泡は筋を引いて風下へ吹き流される」といった具合です。

 風力数値にはそれぞれ名称があります。例えば、風力0はCalm(平穏)、3はGentle breeze(軟風)、8はFresh gale(疾強風)、10はWhole gale(全強風)、12はHurricane(台風)といいます。そして、数値ごとに風速が規定されていて、風力1は1〜3ノット、3は7〜10ノット、4は11〜16ノット、5は17〜21ノット、10は48〜55ノットです。ヨットの航行に快適なのは、風力4から5辺りでしょう。しかし、風力5も上限あたりで強風注意報が出ます(但し、Australiaでは)。

 通常、強風注意報は25ノットから35ノット未満を差し、それ以上50ノット辺りをゲール注意報が示します。それ以上になるとStorm Warning(暴風注意報)が出ます。ビューフォート階級11のStorm(暴風)とは、56ノット〜63ノットを指します。

 さて、厄介なのはノットという単位です。1時間に1NM(ノーティカル・マイル/海里)進むことを1ノットといいます。海上では、全てがNMを使いますから、風速だけメートル法にすると何かと不都合です。それに、多くの風速計もNM法を用いノットで表示しています。

 これをメートル法に換算するには、ノットの数値を2で割って、その数の1割をプラスすれば概数が出ます。例えば、20ノットといえば、2で割って10ですね。それに10の1割である1を足す。つまり、20ノットは約11メートル/秒ということです。

 さて、それでは何故海上でノーティカル・マイルを使うかということですが、これは地球の全周の距離から割り出されているからです。その全周を360(360度)で割ると、緯度(または、赤道上の経度)の1度が出ます。海図はこの、度、分、秒を基準に作られている訳で、1分を1ノーティカル・マイル(NM)といい、1NMは1853メートル (1.853km) です。これを60分、つまり60倍すると緯度の1度になり、さらに360倍すると地球の全周が出ます。因みに、緯度の1度は約111km、地球の全周は約40,000kmです。

 先程から、特に“緯度”と繰り返していることにお気づきと思います。何故経度ではいけないのか?という疑問がおありでしょう。経度は、赤道上では緯度とイコールですが、緯度が高くなるにつれ、地球の球形が両極に収斂していく関係で短くなるのです。これは、三角関数という思い出したくもない問題になるので、ここでの説明は控えます。

 Nauticalは“海事の”とか“航海の”という意味です。NMというと海上のマイルで、陸上ではLand mileを使います。1ランド・マイルは1609メートルで、車の時速はこの単位を用います。因みに、飛行機はノットで速度を表します。

 何だか、変にアカデミックな話題になってしまって恐縮です。それというのも、私が、或る航海者の記録を読んでいて、結構細かな記述を丹念に学んでいたからです。私の他にもそういう人がいて、間違った情報をお伝えし、それを根拠に航海計画を考えられることがあっては申し訳ないと思った訳です。

 今、Ronが訪ねてきました。明日のBrisbaneへ行く時間を打ち合わせるためです。わざわざ、それだけの為に来て頂いてはと思って、何度も電話をしたのですが、Ronは外出中で、奥さんのDorothyが、外出の道筋でzenの所にも寄ると思うといいます。それで、恐縮しつつも待っていたのです。

 Ronは、年寄り(私とほぼ同年)の常で朝がとても早いのが玉にキズです。まあ、オージーは一般的に早起きで、技術屋などは7時にはもう働いており、サラリーマンの出勤ラッシュは6時半頃から始まります。その分、早く(3時頃)家庭に帰って家族と過ごす訳です。

 Ronは、朝7時に迎えに来てくれるそうです。今夜は早く寝て6時前には起きなくては!

 彼とLyleのお陰で、VISAの延長が出来、$6000程のセーヴが出来ました。明日のカスタムスで、またまた税金の減額が達成できたら、China Townへ彼を連れて行き、中華料理の飲茶をご馳走することにしました。序に、オリエンタル・マーケットで日本食を少々買い込んでくる予定です。

1月11日(木)/雨・曇・晴れ・30℃・東の風15〜20Kn/Sticky

 5時半に目覚ましが鳴りました。今日は、Ronの車でBrisbaneのカスタムスへ行く日です。急いで起きて、コーヒーを淹れる湯を沸かしました。コーヒーを淹れ、ドリップの湯が全て落ちるのを待ってニュースを見ながらソファに掛けました。そのまま、いつの間にか眠ってしまったようです。気がついた時は、7時8分前。大急ぎで、昨晩用意しておいた白いカッターシャツと濃紺のスラックスを身につけると、顔も洗わず、必要な書類だけ持って禅を飛び出しました。折角淹れたコーヒーも、勿論、朝食も摂らずに。

 MYCの駐車場には、既にRonの車が見えましたが、2分遅れただけで済みました。やれやれ、これでは今日の成果が思いやられるとぼやきながら、車でにこにこ笑っているRonと朝の挨拶を交わしました。

 Ronは、こんなに早く出掛けるのは、序にいろんな自分の用も足すからだと、私の寝坊の弁解をカバーしてくれます。

 Brisbaneの郊外に差し掛かると、Ronは小さな街へ入って行きます。そこには、リサイクルの車のパーツを売る店があり、頼んであったらしい三菱パジェロのホイールを買いました。それを車に積んで、さらにCITYへ向かい、9時半にカスタムスのオフイスに到着しました。私が寝坊して、コーヒーも飲めなかったといったものだから、近くのコーヒーショップで、クロワッサンとコーヒーを頂き,約束の10時を待ちました。

 いよいよカスタムスです。受付でMr. Neil Clerkeを呼んでもらいました。個室に通され、やがてNeilが現れました。挨拶とRonの紹介を終え、早速用件にかかります。今度は、Ronが事情を詳細にわたって理解しているので、ほとんど彼が説明をし、私は主に資料の提示です。Immigrationに提出したもの(例のレターも)を全て見終わると、Neilは、クルージング・パーミットを作成してくれました。期間はvisaと同じ8ヶ月です。そして、税金のことを尋ねると“No Problem”といいます。さらに、Ronがいろいろと確かめると、どうやら、イミグレーションの特別延長の趣旨に沿って免除するということらしいのです。もう、"On cloud nine (9)"(天にも昇る心地、という意味)です。

 余りくどくどと確かめると、何だか、決定が撤回されそうな気がして、Neilに“ありがとう。寛大な処置にとても感謝しています”といって、急いでカスタムスを後にしました。  ビルの外へ出ると、私は、飛び上がって“ワーォ!”と叫んでいました。

 何と、私は、友人たちのお陰で、金銭的にいってAU$16,000の節減が出来たのです。Ronにいわせれば、zenが一人で来ても結果はおなじだといいますが、微妙な状況や趣旨が伝わらず、また、私がカスタムスのルールを理解出来ずに、税金を払うために一生懸命になって艇を売却していたら、こういう結果は現れなかった訳です。勿論、艇が売れた場合は、通常の課税があり、AU$10,000にブローカーフィー$6,500を加えて支払わなければなりません。

 私が最も嬉しく思うのは、彼等自身にとって何の得にもならないことの為に一生懸命に取り組んでくれたことです。そして、私の悦びを彼等が喜んでくれたことなのです。金銭的利得ではなく、こういうことが真の友情を育むものなんだと思いました。

 それにしても、私にいろいろ教えてくれたヨッティたちが、特殊なケースを含めて外国艇への課税システムを熟知するのは不可能にせよ、風聞というものがもたらす情報が如何に不確かであるかを、この度はしみじみと感じさせられたものです。

 China townへ行き、飲茶の昼食をRonといっしょに楽しんだことは云うまでもありません。序に、オリエンタル・マーケットでの買い物(蕎麦・そばつゆ・味の素・料理用酒・緑茶・ロングライフ豆腐・キューピーマヨネーズ・ブルドックのとんかつソースetc.)も。

 帰りは、Ronの友人の病気見舞いに付き合いなどして、Mooloolabaへ帰って来たのは4時過ぎでした。MYCの駐車場で、しっかりとRonの手を握り、Dorothyにも私がとても感謝していることを伝えて欲しいといって別れました。

 それにしても、これは一体何という幸運でしょう。以前は、やること為すこと、全てが裏目に出るとぼやいていたのに、今は、やること為すことが、私の予想を上回る良い結果になります。別に私は、自分が迷信家だとは思いませんが、それにしても、全部がダメになるのと、全部が期待以上というのでは、明らかにツキみたいなものを感じるのは当然です。これでもう、次のクルーズへの課題は、良いクルー(パートナー)を見つけることだけです。これもきっと、私の期待を上回る好人材にめぐり逢うと信じています。

 セーブしたお金は無駄にせず、先の事故で破損したままの物を入れ替えることに使います。一つは、風速計等の計器が一切ダメになったので、パーツが容易に入手出来るものに入れ替える。恐らくは、リギンにも相当なダメージがあったと思われるので、全てをチェックし、要すれば取り替える。若し、クルーを乗せるのであれば、救命設備を完全なものにする。その手始めに、6年も検査をしていないライフラフトの検査と備品の入れ替えをする。オーディオ、ヴィデオの修理をする。航海灯の配線にも不安が生じたので、配線を新しくする・・・・・。あらためて列挙してみると、手を入れなくてはならない部分のなんと多いことでしょう。まあ、これはヨットの常。例によって、一つずつ片付けて行きます。

1月12日(金)/曇のち晴・30℃・南東の風15Kn

 7時半に起き、シーガル・ネットで日本と交信しました。最近は、無線の天体コンディションが最悪で、まともに交信出来たことがありません。こちらの声は届いているらしいのですが、コントローラーである岩見沢の久津見先生(歯科の先生)の声が摂れません。ですから、このあたりの順番で呼ばれるなと見当をつけて耳をすませている訳です。そうすると、半分は想像力でしょうが、辛うじて呼ばれたと知れるのです。日本へお伝えするのは、主に気象情報です。その他、ちょっとした出来事なども話す訳ですが、何分このコンディションでは、ろくに話も出来ません。ちぎれちぎれに、時には、高くなったり聞こえなくなったり、或いは、別の交信やモールス信号がかぶってきたり・・・・。ノイズがひどいので無線機のスイッチを切り、コーヒーを淹れました。いっしょにトーストを焼き、厚切りのカマンベールとバナナのスライスを載せます。いつもの朝のメニューです。これにオレンジジュースを大きなコップ一杯。

 食べ終わって、ソファに足を投げ出しクッションに頭をあずけて、アーウィン・ショーの“富めるもの貧しきもの”を読んでいました。もう、どの本も(書棚以外にも段ボールに5つの本がある)読み尽くし、これも5回目の読み返しです。

 誰かが来たようです。本を伏せて出てみると、マリーナのヨット・ブローカーのフィルでした。

 昨日、Brisbaneから戻ったのが4時過ぎだったので、今日、禅をマーケットから降ろしてもらう(売りを中止する)ように話に行くつもりだったのを思い出しました。

 フィルは、“Zen、この船を是非とも買いたいという人がいるんだが、いくらほどディスカウント出来る?”といいます。“先方はいくらなら買いたいといっているの?”と、逆に尋ねると“76,000ドル”といいます。$75,000で売れれば上出来と思っていたのに、それを上回る値です。しかも、もう少しは出せると思うというのです。

 絶望的になっていたVISAも、税金も、全く信じられないような奇跡で乗り越え、挙句の果てに、取り下げが一呼吸遅れた艇の売却までもが可能になってくるこの強運は、一体何でしょう。何だか、我が身が空恐ろしくなってきます。

 一応、コントラクトを交わし市場に出した以上は売り手としての義務があり、きちんと筋を通さなくてはなりません。すぐオフィスへ行って、Ian Douglasに会うことにしました。そして、Ianに昨日のCustomsでの経緯を話し、8ヶ月のVISAとCruising Permitの延長、さらに、私が艇を修理し、航海を継続する限り課税はしないというCustomsの決定を告げました。そして、元々、税金を払うために艇を売らなければならなかった経緯も。“随分いろんな人を斡旋してくれて、しかも、今、買い手まで見つけてくれたのに、本当に申し訳ないが、禅を売ることは中止したい”といい、航海を再開することを告げました。彼等にしてみれば、斡旋料の約6,000ドルが入るかどうかという瀬戸際です。少々もめるかな?と思いましたが、Ianは、“それは良かったね。今度はいい航海になるよう祈っているよ”と、快くOKをしてくれました。

 この後、Ronに電話をして、買い手がついたこと、誠意を尽くして市場から取り下げてもらったことを話しました。Ronは、私が、買い値を聞いて気が変わった(Change mind)のではないかと心配したようでした。その証拠に、彼は一時間後に風速計のカタログを持って訪ねて来ました。そして、本当に艇を売らずに航海を続けたいのかどうかを、何度も確認しました。"No problem. I never changed mind to continue cruising." 彼は、若しかしたら私に艇を売却したい意思があったのに、航海再開に向けて、どんどん話を進め過ぎたのではないかと心配したのかも知れません。No problem!

 一時間ばかり、デッキで今後の修理などの相談をしました。日曜日の朝(多分、また早朝)、艇速計のチェックをし、月曜日にはライフラフトを検査に出そうといって、Ronは帰って行きました。

 金曜日の夜更けは、いつまでも賑やかです。風向きのせいでしょうか、ビーチに砕ける波の音と若者の歓声、そして、街の車の音がよく聞こえてきます。お休みなさい!

zen/西久保 隆


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