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Home6/7(日)
ご無沙汰しております。いかがお過ごしですか。日本はもう初夏ですね。梅雨の季節、束の間の晴天が美しいのも、ちょうどこんな頃だったと記憶しています。私は昨6月6日(土)、ニュージーランドからの10日間の航海の末、フィジーのスバへ到着しました。ところが、昨日、今日が土日のため入国手続きが受けられぬまま上陸することもできず検疫錨地にアンカリングしています。
まあ、今回の航海はいつもに比べかなりハードだったので、どこにも出ず(出られず)に休養するには格好の2日間といえなくもありませんが。
気象Fax上の毒グモの足=寒冷前線がまさにZenの頭上を通過し萎えを見せ、片やオーストラリアに中心をもつ高気圧がゆっくりと東に張り出してきた5月27日、私たちは半年間近く慣れ親しんできたツツカカマリーナを後にし、フィジーへ向け出航しました。
Grey Goothというヨットのケンとキャロルが舫い綱を解いてくれ、「またいつかNZに戻っておいでよ」という声に送られマリーナを出てゆくZenの上空は、これ以上望むべくもない快晴でした。2浬ほどTutukaka Headを北上した外洋は、そんな温室みたいなマリーナの天気とは関係なく、数日来の悪天の名残をとどめ荒れていました。GPSの最初のway pointを過ぎると直線にして1027浬のレグです。
1027浬というと約1900kmです。NZのツツカカ沖からフィジーの南にあるKandavuという島の東側までの距離です。その後はさらに50浬程北上を続けるとスバ到着です。
前述の通り、マリーナでは想像もつかぬ時化の海で、半年近く陸の暮らしになまった体がたちまち反応します。かつて経験したこともない船酔いです。
もう起きていることも出来ず、勿論、デッキ作業も出来ぬまま、丸々一昼夜飲まず食わずで過ごしました。
しかし、ありがたいことに風は南西です。禅にとって追い風。しかし、風速が25ノット〜30ノット、時には35ノットのガストが襲いかかってきます。
そんな気象も2日目を過ぎるあたりから軽快し、やがてSW10ノットほどの風に落ち着きました。10ノットというと35フィートで8トンもある禅を動かすにはあまりにも弱い風。メインセールを中央に引き込んで機帆走となります。
5日目を迎えた頃、高気圧の中心は既に禅の東側へ抜けていました。すなわち、風は東風、それも北よりの風です。針路は357度、ほとんど真北へ向かう禅にとってはヨットがぎりぎり風上へ進める限界辺りでのセーリングです。
クローズホールドで25ノット〜30ノットの風を操るということは、レースならいざ知らず、長距離航海にとっては地獄のようです。
激しいヒールでキャビン中を歩くのもままならず、食事は片手で箸を持ち、片手で食器を押さえつけながら食べるといった具合。それでも、何度食器ごと食べ物が飛び散ったことか。一度など、熱い味噌汁がまともに私の胸に椀ごとジャンプし、危うく大火傷するところということもありました。
また、通常ならなんの問題もないマリントイレの海水が艇のヒールで便器の縁を越え床を水浸しにしたり、プロペラシャフトが船内外を通るスターンチューブを冷やす海水が考えられない箇所に溜まり、キャビンの風下側の床に洪水を起こしたり......しかし、何にもまして、艇の激しく鋭角的な振動は、人がそのなかで生活することの出来る限界を越えるか、或いは限界ぎりぎりという居住性が我々を苦しめます。我々は次第に無口になり、やがては思い思いに自分のペースにこもってしまいます。下手に口を利くと争いになるのは分かっているから。それでも、互いのかんしゃくのはけ口はやはり人間にということになります。最悪の状況にあって口論……本当に、本当に下らない言葉の端が争いの発端です。何もこんな時に争いをしなくても…と悔いながらも、と言葉は気分に任せほとばしり出ます。
8日目辺りから針路は以前通りとはいえ、風が12〜18ノット位に落ちたこともあり、そんなにひどい状態ではなくなりました。
それに、数日前の強風の中、風力発電機が故障してしまったため、あのウィングが奏でる獣の唸り声みたいな神経にさわるノイズもありません。
確かに航海中の電気の確保は重大な問題です。太陽電池や風力発電機などを設置し各艇この課題に対応している訳ですが、少なくとも昼夜共に風さえあれば有効に働く風力発電機は優れものです。しかし、あの唸り声みたいな回転音ときたら、なにかネガティブな想像力に作用し、心を寒々とさせる音なのです。
そんなノイズがないだけでも、この厳しい航海には大きなメリットです。加えて、風力も艇に優しい程度に弱まり、大きくヒールして走るという不快感にさえ目をつぶれば、何とかやってゆけそうです。残航も200浬を切って、じきにスバにつくという期待があればなおさらです。
残すところあと100浬辺りからはKadav(カンダブ)近辺の航海です。海図には注意書きとして、「この海域は未調査である。至る所に珊瑚礁があるので注意されたし。」とある。当然、私は徹夜のワッチでこの海域を通過しました。
Kadavを過ぎ、最後のレグ、残39.75浬、針路315度。艇は40度以上も風下へ舵を切ります。風上へのクローズホールドの航行と比べ、風下航の何と穏やかなことか。急坂を駆け下るトロッコからハイウェイを滑らかに走るリムジンに乗り換えたほど、といっても決して誇張ではありません。
午後になり、艇はもうSuvaへのパスの直前です。ところが雨の多いことで有名なSuva、その定評に洩れず、次から次へとスコールが来、その度に港内が真っ白になり何も見えません。しばらく様子を見て、晴れ間をついての入港でした。検疫錨地には6艇の先客があり、黄色のQ旗を掲げています。聞くと、昨日入ったのだけど待たされている。土曜日なので今日はクリアランスをしない様子だ、とのことです。
ガイドブックには200ドルの特別料金で休日もクリアランスが出来るとあります。試しにポートコントロールを呼び、休日料金を払うから今日チェックインできないか聞いてみました。返答は後で連絡する、とのこと。しかしなしのつぶて。また呼んでみると「明朝8時にコールしてくれ。」でその日は終わりです。
6/8
翌日曜の朝もほぼ同様。そして、月曜の朝になりました。待たされている艇は、何もすることがなく、ニュージーランドで免税で買った酒も底をつき始める始末。次第に苛立ちが見えてきます。思い思いにVHFでポートコントロールを呼び、探りをいれるのですが、次々と入ってくる大型貨物船に忙しいらしく返答はまったく信頼のおけるものではありません。今、8日月曜の11時。ほとんど諦めの心境です。今日の上陸=十何日振りのシャワーはお預けということかもしれません。
総じて、この航海は非常に厳しいものでした。なぜこんな辛い思いをして旅をするのだろうと何度自問したことか。挙句の果て、艇に缶詰ではたまったものではありません。
どこで密談したのか、5、6艇のヨットがカスタムオフィサーに「ディンギーで関係書類を持っていく。みんなで揃って行くから、宜しく処理してほしい。」と強行手段に出ました。出入国関係の係官も勿論気にしていない訳ではないので、渋々の了承。我々はディンギーのエンジン音も勇ましくキングスワーフへ押し寄せました。
午後2時過ぎ、全艇がチェックインを終え、晴れて自由の身です。
とにかく久し振りに踏む地面の感触を味わいたいと、そのまま街へ出てみました。
Suvaという街はほとんどインドの小都市といったところ。半数以上がインド人、しかも商店やレストランなどもインド人か中国人。地元のフィジー人(メラネシア系)は、なんだか肩身が狭そうです。せめてフレンチポリネシアのタヒチ島パペーテ位の洗練された都会を想像していたので、すっかり面喰らってしまいました。お昼も食べていなかったので、何か食べようと思っても、食欲をそそる清潔な構えの店も見当たりません。結局は久々の上陸というのに、世界中どこにでもあるマクドナルドのハンバーガー……ビッグマックコンボとやらを$5.75で食べた次第です。
それでも夜はRoyal Suva Yacht Clubのレストランに「唯我独尊」(日本のヨット、片島夫妻と6才の碧ちゃん)を招き、無事フィジー到着を祝ってのディナーは安くて美味しくて豪華!とても感動しました。やはり同じ海況を互いに無線で励まし合いながら航海したもの同士、「苦しかったよなあ」といえば、「ウン」という一言で全てを語れる共同体験が本当の仲間意識をかきたてます。
6/9
今日はスイスのヨット「スコルピオス」のエディとシルビアがオーストラリアのビザを取りに行くというのに便乗し、タクシーで大使館へ。タクシー代は$2.50(約200円)、5ドルからどんどん値切ってこの値段です。黙っていると10ドルでも20ドルでも平気で吹っかけてきます。二言三言いうと、じきに半値になり、それからが本当の値段交渉ということになります。ちなみにダウンタウンから2.5kmのヨットクラブまでが$1.50(110円)程、初めは3ドルでした。日本でなら、数日を要し、銀行の残高証明か現金を実際に係官に見せなければビザは発給されないものが、たった40分で一年間有効の6ヵ月ビザが一枚のフォームを書くだけで入手できました。何とも簡単です。日本ではなぜああも全てがややこしくなってしまうのでしょうか。それに係官のあの偉そうな態度ときたら。人間同士、もっと気軽に互いを尊敬し合って応対できないものかとつくづく思ってしまいます。
禅は今Royal Suva Yacht Clubのスターンツー(船尾のみ岸に着ける)のポンツーンに舫っています。あと一週間ほどでSuvaを出て、Beqa Lagoon、そしてLautoka, Malolo-Lailai, Mamanuka諸島、Yasawa諸島を航海します。約1ヵ月半〜2ヵ月の島めぐりになります。島がどんなに素晴しかったか、島民がどんなふうに我々の興味をそそったか、カバという人を迎える儀式はどんな風だったか、この次の便りでお知らせします。
それではお元気で。Royal Suva Yacht ClubSuva, FijiHomepage読者の皆様June 10, 1998