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ご無沙汰しました。お元気でしたか。

ただいま、ニューカレドニアからオーストラリアへ向かう航程の2日目、10月25日の午前0時15分―月のない夜、性の悪い波が艇を激しく揺すり上げ、時折艇体に激突します。

残航は555.8浬、あと4日半の航程です。

船酔いは少しよくなり、カップヌードル程度は喉を通るようになりました。とはいえ、後頭部から首筋にかけては相変わらず重いしこりのような不快感を感じています。

船酔いは誰もがかかるもの、ある程度時間が経てば治るものと高を括ってはいるものの、この不快感に加え、運動機能と精神力(思考力も)の極度の低下、異常な眠気、さらに目の焦点が定まらない(何かに視線を移したとき)というような嫌な症状に悩みます。航海に出ると食べることが重大な仕事であり楽しみなのに、食べることのできない辛さも特筆すべきものの一つです。

(艇が物凄いローリング中です。乱筆をご容赦ください。)

23日、24日はよく走りました。悪い波を突っ切り、やや強い風に任せ距離を稼いできました。「シーマ」にも時折激励の電波を送り、頑張ってもらっています。(目下、右舷2浬程に航海灯が見えます。)

というのは、何としても29日の午後4時前、つまり税関が通常勤務時間内に到着したいからです。オーストラリアは土、日、休日、時間外にチェックインすると、二百ドルとか、それ以上のオーバーチャージをとられるそうで、貧乏ヨッティは意地でもそんな金は払いたくないと航路を急ぐ訳です。

今のところ、おおむね計画通り。しかし、まだ4、5日も先の話です。凪が来るか、嵐が来るか、正に神のみぞ知る、です。

ワッチのため、コックピットへ出てみました。シーマは少し離れたようです。あまり近いと衝突しないかと心配ですが、見えなくなると、トラブっていないかとまた心配になります。目視できる距離は灯火でせいぜい4〜5マイル。辛うじて見える位置にいてくれると安心できます。

外は先ほどまでの星空が大方、黒い雲に覆われてきました。久し振りにくっきり見えたオリオンも、今は前線性の帯状の雲の影です。真っ暗というよりは、真っ黒といってもいい海面の強い風に崩れた波頭に、夜光虫のボォーッとした白さが不気味です。海が凄惨な様相を呈してくると、こうした白い波頭があちこちに浮かび上がって見え、まるで鬼火のように見える夜もあります。

「シーマ」(Cima)は、北九州から昨年出航したヨットで、松浦さんという私と同年齢のシングルハンダーです。彼は去年ハワイに着き、今年6月頃、パーマイラ島(Parmaila Is.)を経てトンガ、フィジーに寄り、ニューカレドニアのポートモーゼルマリーナ(Port Moselle Marina)で会った人です。いっしょにオーストラリアへ行くということで、10月23日朝6時、同時にモーゼルを出ました。

モーゼルでは、エイプリルフールの谷安さんを含め、個性というか、我の強い男3人、プラス女性1人(禅のクルー、すみ子)の珍グループで結構楽しい日々をおくりました。

今、現地時間で25日の午前11時20分。

ブラボー・チャーリー(B.C.)、つまり半晴。風は東北東、真後ろから8ノット…帆走の役に立たぬ風です。従ってジェノアはファーリングし、メインセールとエンジンでの機帆走。雲間から陽が出るや、やや穏やかになった海が濃紺に輝きます。その上を禅は真白いウェーキをたてて進んでいます。

船酔いはほとんど軽快したようです。

ただいま10月26日(月)午前3時40分。3時にすみ子とワッチを交替し、今の海況に合った艇のチューニング並びに洋上ワッチ(watch)を済ませたところです。ワッチ(見張り)といっても月も星もない闇夜のこと、何も(船や暗礁など)見えないからOKということです。

昨夜半からのこの海況ときたら、まるで荒馬の背にいるようです。激しい鋭角的なローリング、そしてデコボコ道路を車で走るような縦揺れ…これは海流に逆らって走っているせいです。100浬程北にサウスサブトロピカルカレント(South Sub-Tropical Current)というツレ潮海流があるのですが、よくあるケースでその端から外は一部反流となり禅にとっては逆潮ということです。おそらく、反流の幅も何十浬もあるのでしょうし、第一、目でみて分からないのだから始末が悪い。

やがて、それを脱出すると信じて走るしかありません。艇速も潮流分だけ遅くなり、海面を見る限りでは6.5ノットは出ているのにGPSの示す対地速度は4.2ノット、時に3.8ノット。走らないし潮に流され針路はクルクル変わるし、それに荒馬の背の居心地です。アタマに来るとは正にこのことです。シーマは禅の南30海里にいて禅と合流すべくこの海流に悩まされているようです。

10月26日午後7時。

朝から青空にうっすらと薄い雲をかけたようなちょっと湿度の高い日です。日中気温が上がるとすっきり青空が出たりしましたが、夕方には前方に霧が立ちこめていました。

風は弱く、時折機帆走です。波も静かになり、今日はのんびり気分です。但し、昼食時の小一時間以外は。……あの時はオーバーセール(風の強さに対して帆の面積が大きすぎる)でもあったのですが、昼食のそうめんがザルごとひっくり返るは、薬味のネギは吹っ飛ぶわで大変でした。

夜になって、今は完全な曇り。時折南西方向の空に雷光がほとばしります。

午後にとった気象ファックスによると、明日夜中から明後日午前中あたり、ちょっと強めの前線と渡り合わなければならないようです。せいぜい今夜はゆっくり寛ぐことにします。

10月28日午後11時。

昨日と今日、それぞれ1度ずつサンダーストームに見舞われました。斜め後方から吹いていた風が完全に止まり、まるで真空の中にいるようでした。暫くして海ツバメ(ストーミー・ペトル)が闇夜の中、艇の周りを激しく鳴き叫ぶように飛びます。名の通りこの鳥が鳴きながら飛び回るのは強風の中か、その前兆なのです。

急いでメインセールを最小にまでリーフ(縮帆)しました。正にその作業が終わったとき、何かに衝突したようにガツン!という感じで強風が艇を撃ちました。風速ゼロから25ノットへの吹き上がりは強烈です。しかも今までの北東風が正反対の南西風に変わったのです。

折しも集中砲火のような雷光のラッシュ。手元が明るいのは(雷光で)結構なのですが避雷針のようにアルミマストを天空にそびやかしているヨットとしては、気分のものともいえません。

雷に次ぐバケツをひっくり返したような豪雨の中、下着のパンツとTシャツ姿のままジャイブ(帆が風を受ける側を変える作業)です。シート(ロープ)類の整理を終えた頃はシャワー10回分ほどの雨でグショ濡れ。キャビンに逃げ込んだ騒音で目が覚めたクルーのすみ子が寝ぼけ眼で「どうかしたの?」と問いかけた頃には既に雷も雨も峠を越した普通の雨降りです。「サンダーストームが来て、雨と雷と強風と…」などと説明しても全く迫力がありません。

サンダーストームは往々にして瞬間的ともいえる短時間で過ぎ去ってしまいます。しかし、時には相当の破壊力があります。この時も風は35ノットにまで吹き上がりました。

明けて29日、6時にはグレートバリアリーフ南端のレディ・エリオット島(Lady Eliot Is.)とフレイザー島(Fraser Is.)間のパスを通り、バンダバーグ(Bundaberg)へ通じるラグーンに入ります。

30日午前10時

正に死んだように眠るとはこういうことです。

前夜10時半就寝し、今朝9時(日本時間8時)まで熟睡しました。ルーチンワークの1つ、シーガルネットにオーストラリア到着を報告することもせず、ひたすら眠った訳です。6日と8時間の航海中眠ったのは恐らく20時間もありません。それも、長くて1時間、普通は30分程の仮眠の集積がです。その疲れが奔流のように私を深い眠りに引きずりこんだのでしょう。

未明4時でラグーン入り口まですでに6浬しかありません。艇速は6ノット以上ですから、まだ真っ暗な夜明け前にウェイポイントのエリオットに着き、浅いラグーンを走ることになります。ショール(浅瀬)があれば白波が立つ訳ですが、明るくならぬことにはそれすらも見えません。しかたなく、針路を45度以上はずして北に南に蛇行し時間調整しました。

そして6時ジャスト、計画通りウェイポイントをわずか0.7浬北にずれて通過しました。風まかせのヨットにしては奇跡的な正確さです。シーマの松浦氏にも、クルーのすみ子にもそれが如何に至難の技であるかを説いてもただ「フーン」というだけで誰も感心してくれません。

20〜25ノットの南東風に艇を大きくヒールさせ、時折ポートサイド(左舷)から打ち込む波も到着を目前にしたセーラーにとっては祝福に浴びせられたシャンペンのようなもの。予定よりも2時間早くバンダバーグの河口に着き、ポートバンダバーグマリーナに舫いをとりました。午後2時ちょうど。23日から6日と8時間の航海。そして今シーズン最後の航海が終わりました。

昨夜のシャワー(温水)の気持ちよかったこと。昨年ニュージーランドに着いた時も熱いシャワーに感動したことを覚えています。

以上がニューカレドニア〜オーストラリア航海の寸描です。これからはしばらくポートバンダバーグマリーナで休養し、120浬程南のムールーラバ(Mooloolaba)に赴きハリケーン休暇(約半年間)に入ります。その間今後の航海や私自身の人生などもじっくり考えてみようと思います。

計画が具体的になったら、またお知らせします。それまでどうぞお元気で。そして今期私のクルーズにご声援を送って下さったことに感謝しつつ、ペンを置きます。

禅ホームページご愛読の諸兄姉

西久保 隆(重信)
1998年11月10日

Zen, Nov. 10, 1998, Port Bundaberg Marina, Bundaberg, Queensland, Australia


以前の手紙(ヌーメア、ニューカレドニアで投函されたもの)